研究成果の紹介
やる気を司る脳部位が筋肉の動きを調節することを発見
−リハビリにおける「やる気」と「運動機能回復」との接点−
 
 リハビリテーションのトレーニングでは、やる気を持って動かしにくい筋肉を積極的に動かそうとする努力が極めて重要と考えられています。脳の中には、やる気に関わる領域と運動に関わる領域が存在しますが、その両者を結び付ける神経回路についてはほとんど分かっておりません。  筑波大学・九里信夫 大学院生/高島一郎 連携教授と、明治大学・梶原利一 准教授の研究グループは、ラットをモデルとし、やる気を司る脳領域である腹側被蓋野と、筋肉に直接運動指令を送る一次運動野という2つの領域間での情報伝達の仕組みを調べる研究を行いました。その結果、やる気を司る脳領域が運動野の脳活動を強めたり、あるいは逆に弱めたりする働きを持つことを世界で初めて見出しました。やる気が筋活動を直接制御するような神経回路の存在はこれまで知られておりません。今回の結果をきっかけに、精神論や根性論を超えて辛いリハビリの励みとなる科学的な論理が解明され、それに立脚した新しいニューロリハビリテーション技術開発が進むことが期待されます。
  研究成果は2014年6月25日付で米国科学誌 The Journal of Neuroscience に掲載されました。
 


【研究内容と研究の意義】

 

 脳の一次運動野という領域が筋肉の動きを直接制御していますが、脳や脊髄に損傷を負うと、運動指令が上手く筋肉に伝えられない状況が起こります。リハビリテーションの治療では、動かしにくい筋肉を動かそうとするトレーニングによって機能回復を目指しますが、このとき、家族や周囲の励ましが患者さんのやる気を高め、やる気を持って筋肉を積極的に動かそうとする努力が良好な機能回復をもたらすと言われています。では、どのような仕組みで、やる気は運動機能の回復に関わっているのでしょうか? 今回の研究では、やる気を司る脳領域と筋活動を調節する一次運動野を結ぶ神経回路の存在が明らかとなりました。そして、やる気が高まると運動野に信号が送られ、運動野から個々の筋肉への指令を強めたり弱めたりという調節が行われている可能性が示されました(図1)。

 今回の研究ではラットをモデルとし、『やる気を司ると考えられる腹側被蓋野』と『筋運動を司る一次運動野』という2つの脳領域に着目しました。腹側被蓋野という領域にはドーパミン神経細胞が多数存在し、認知機能に重要な前頭葉や、側坐核などやる気に関わる脳部位に神経投射を行っていることが知られています(図1の橙色破線)。しかしながら、腹側被蓋野が運動野に情報を送っている可能性については、ほとんど調べられていませんでした(図1の橙色実線)。そこでまず、やる気を司る腹側被蓋野の活動が高まると、運動を担う一次運動野の活動がどのように変化するのかを調べました。
 ここでは、数百万個オーダーの神経細胞の活動を画像化する「膜電位イメージング技術」を利用しました。図1では一次運動野皮質(4.5mm3.0mm領域)における脳活動の様子を疑似カラーを用いて表示しています。腹側被蓋野のドーパミン神経細胞を活動させると(図1の刺激1)、一次運動野皮質がわずか数十ミリ秒間だけ興奮し(暖色系で表示)、その後数百ミリ秒間、神経活動が抑制(寒色系で表示)されることが明らかになりました。

 次に、腹側被蓋野が上記のような脳活動を一次運動野に引き起こした結果、脳からの運動出力がどのように調節されるのかを調べました。通常、一次運動野を直接刺激すると刺激場所に応じた筋肉の動きが観測されますので、ここではラットの上腕を動かしている一次運動野領域を刺激し(図1の刺激2)、この時の上腕筋肉の筋活動を計測しました(図2)。図2(a〜d)は、筋肉活動を示す筋電波形の記録を示しますが、図中の灰色トレースは1回の試行の結果を、緑色トレースは10回の試行の平均値を示しています。

 まず、一次運動野を弱く刺激し単独では筋肉が動かない状況を考えます(図2a)。これは筋肉を動かすには運動野の活動が不十分な状況ですが、この時、腹側被蓋野が10ミリ秒早く活動することにより、筋肉が動く様子が観測されました(図2b)。この状況は、やる気を司る信号が動かしにくい筋肉の動きを補助したものと解釈できます。
 次は、一次運動野を強く刺激し単独でも筋肉が動く状況を考えます(図2c)。この時、腹側被蓋野が40ミリ秒早く活動していると、今度は逆に筋肉の動きが抑えられることが観測されました(図2d)。この状況は、やる気を司る信号が過剰な筋肉の動きを積極的に抑えているものと解釈できます。
 やる気を司る脳部位が、筋活動を数十ミリ秒の時間タイミングで亢進したり抑制したりする必要性については現時点では不明です。しかしながら、やる気を持って複雑な筋肉の動きを制御するためには、アクセルとブレーキの微妙な調節が必要なのかもしれません。

 本研究は、腹側被蓋野という領域が、やる気に関わる脳領域だけでなく、運動出力に関わる領域にも信号を伝えるシステムを脳内に構築していることを明らかにしました。この結果は、日常においても、腹側被蓋野が「やる気」と「運動」に関わる領域の脳活動を同時に、合目的的に調節していることを示唆するものと考えられます。
 今後は、リハビリ訓練を行っている時の一次運動野と腹側被蓋野の神経活動を同時に記録し、実際に困難な運動が獲得される過程において、両部位間の脳活動にどのような相関が見られるかを解析していきます。さらに将来的には、腹側被蓋野の脳活動を実験的に操作することにより、リハビリ効果に改善がみられるかどうかについても検証実験を進める予定です。


【論文題目】
Voltage-sensitive dye imaging of primary motor cortex activity produced by ventral tegmental area stimulation.
Kunori N, Kajiwara R, Takashima I

The Journal of Neuroscience, June 25, 2014, 34(26) 8894-8903

(お問い合わせ先)
独立行政法人 産業技術総合研究所・人間情報研究部門,
 高島一郎, 029-861-5563, i.takashima(at)aist.go.jp

 

 
図1 腹側被蓋野は一次運動野を介して筋活動を調節する

腹側被蓋野の活動が、一次運動野を興奮または抑制させる様子が画像化された.
一次運動野に誘発されたこの脳活動は、上腕における筋活動を調節した.
 
 

図2 
腹側被蓋野は脳からの運動出力を亢進または抑制する

一次運動野と腹側被蓋野の活動タイミングにより、運動指令の大きさが変化した.



用語の説明】

◆ 腹側被蓋野
 哺乳類における中脳の腹側部に位置し、主としてドーパミン神経細胞により構成されている脳領域。認知機能に重要な前頭葉皮質や、やる気(モチベーション)との関係が知られている側坐核に神経投射を行い、ドーパミンを脳内に放出する起始核として脳内報酬系を構成する。報酬系が活動すると、個体に快をもたらすと考えられている。

◆ 膜電位イメージング
 神経活動に伴って生じる細胞膜の電位変化を、膜電位感受性色素という色素を用いることで蛍光強度の変化に変換し、計測する手法。蛍光強度変化を高速カメラで撮像することで、神経活動をリアルタイムで可視化することができる。

◆ ニューロリハビリテーション
 「ニューロサイエンスとその関連の研究によって明らかになった脳の理論等の知見を、リハビリテーション医療に応用した概念、評価方法、治療法などを指す。」(2009年 道免和久)。