第18回日本ロボット学会学術講演会(RSJ2000)特別講演

「ロボット工学概論はあるか?」

豊田工業大学 工学部 制御情報工学科
梅谷 陽二

2000年9月13日

立命館大学 びわこ・草津キャンパス プリズムホール



 私は学生時代に機械工学科に属しておりましたが,その学科の最長老の先生が機械工学概論というものを機械工学以外の学生に講義されていました.私たち,不思議に思いまして,私たちには概論はないんですか?と聞きましたら,君たちはいいんだ,君たちはこれからプロになるんだから.概論というのはその学問が形成されて体系が立った,それを集大成した形で教えるんだ,だから主にそれは学科以外の人に聞いてもらうんだ,とこういうお話だった.それから,教養にいましたときに,経済学のなんとか原論というものもありました.原論というのは何かと申しますと,これはprincipleということになりますが,これは実は他の分野の人が聞いてもあまり面白くなくて,これはその分野の専門家が分野における基本的な,一番基礎となるいくつかの概念を説明するんだと.それで学問の進歩の様子が分かる.だからそれは専門家内部での話なんだ,という説明を受けまして,私はそんなものかなあと思っていたんですが,今日お話しさせて頂くのは,実は,機械技術研究所の荒井先生が,今日朝からですね,オーガナイズドセッションを企画されまして,ロボティクス史・ロボティクス論ということについての討論会を先ほどまでやってきました.それをお聞きしまして,私なりにロボットの何か大きな形を作っていくというか,しかし概論と言いますとこれはもう体系ができた後の話です.したがって私が概論はあるかと言いましたのは,実は答えは「ない」でありまして,概論はまだです.しかし内々の会合ですから,原論ならお話しできるかも知れない,こう思いまして,このあとにこういうところからヒントを得まして,原論と言うことをお話しさせて頂こうと壇上に上がって参りました.

 したがって最初にお話ししますのは,オーガナイズドセッションのまとめでありまして,その次に私が折に触れて申し上げております原論ということでございます.今日は10件の発表がありまして,非常に厳しいご意見も色々と出されました.それぞれ論客の方ばかりでして,その内容もなかなか含蓄に富んだ面白いものでありましたが,全体を眺めてみますと,ロボットは今まで何をやったかということではなくて,これからどういうことをやらなくてはいけないんだと,そういう観点で考えますと,ロボティクス論であると.それから今後どういうような発展を期待するかということはロボティクス史になりますね.それについて10人の方がお話しされました.それをまとめて4つに分類してみました.


(OHP1)

 オ−ガナイズドセッション(OS8)「ロボティクス史、ロボティクス論」においての発言と討論を、以下のように取りまとめてみた.すなわち、発言者10名の主張は多岐にわたっていたが、それらを以下の四つのテ−マに集約した.

「ロボティクス史、ロボティクス論」

ロボティクスを有意義にするための効用論 …………………… MEL 谷江和雄
人間の営みとしてのロボティクスの哲学 ……………………… MEL 荒井裕彦

「徹底的にロボットの定義を議論する」

生物的な機能を有する将来機械と定義する ………………… 東工大 広瀬茂男
人間類似機能を持つ自律的な人類共生機械 …………………… 北大 和田充雄

「役に立たねばロボットではない」

コスト・ダウン・ロボティクスの提唱 ……………………… 東北大 中野栄二
夢の実現よりも課題の解決を ………………………………… 筑波大 油田信一
人間共存のための役に立つヒューマノイドを ………………… 早大 菅野重樹

「ロボティクスは知への飽くなき挑戦である」

ロボットにかける夢 - toward Everyday Physics - …… 立命館大 有本卓
人工技能学こそロボティクスの神髄 …………………………… 京大 吉川恒夫


 最初はロボティクス史・ロボティクス論についてのことでありまして,両方とも機械技術研究所の,谷江先生と荒井先生でございます.国立研究所はご承知のように今,動乱期でありまして,研究者が非常に今後のあるべき姿を模索していらっしゃる.非常に厳しい環境でございますが,私のような大学の人間もあと数年経ちますと,同じようなことを考えなくてはいけないんですが,そういうせいでしょうか,ロボティクス史・ロボティクス論につきまして,谷江先生はロボティクスを有意義に,単に役に立つだけではなくて有意義にするにはどうあるべきか,それを効用を元にしてお話しされたと思っております.荒井先生はロボティクス史・ロボティクス論の論点をまとめて話されました.これで大体の骨格ができたと思っております.

 2番目にはロボットの定義をするということでして,その先鋒は東京工業大学の広瀬先生であります.生物的な機能を有する将来機械,と定義したいということで,色々な例を挙げてお話しされました.確かにこれはロボティクスの一つの見方,生物的な機能を有する機械というのは非常に面白い観点で,これも非常に必要な発想になるんだと思います.その次に和田先生は生物的なというよりはむしろ人間類似機能を持つ自律的な人類共生機械という言葉を使っていらっしゃったと思うんですが,いずれにしてもやはりロボットとは何ぞやということを特に研究者の立場からしっかり定義しておかなくてはいけないだろうということをおっしゃっていたと思います.

 3番目にはやはり役に立たないとロボットじゃないという従来からの主張でありましょうか,中野先生はコストといいますか,産業界に応用されるためには今までのような何でもかんでも贅沢に使って作って研究するようではだめだろうと,常にコストを認識しながら研究しなくてはいけないと.それから,油田先生は夢の解決というよりも今われわれがどういう課題を与えられているかということを元にして,そういう解決の方法をしなくてはいけない,というようなお話をされました.それから早稲田大学の菅野先生は,今日のお話の中では,夢というものは非常に大事である,とにかく夢のない仕事じゃいけないんだ,夢を追いかけているうちに何か出てくるという,非常にある意味では楽観論でありまして,夢ということを強調されました.これも非常に面白い見方であると思います.

 最後は締めくくりで厳しいご意見が2つありました.一つは,立命館大学の有本先生が,日常物理学という言葉を使われまして,お話の内容はロボティクスというのは結局は知へのあくなき挑戦である,われわれロボットの研究をしているけれども,何がされていないか,されていない大事なところは何かということをもっとよく考えなくてはいけないだろうと.それを地道に追いかけてゆくと,ブレークスルーと言いましょうか,そういうものが発見できるんだということを,非常に簡単なピンチングのメカニズムの例をお挙げになってお話になりました.確かにこういう例を出されますと,ロボット研究の奥の深さという面でもっとわれわれは考えなくてはいけないなと思ったわけです.最後の,京都大学の吉川先生も,結局は知へのあくなき挑戦の一つかと思うんですが,吉川先生は人工技能というものがやっぱりロボットの老舗である,とおっしゃっています.私は人工技能学と書きましたけれど,有本先生の日常物理学的なところと実は非常に共通するものがあると思っているんですが,人工技能というものが大事であると主張されました.

 これは有本先生が最近お出しになった「ロボティクスにかける夢」,Towards Everyday Physics,という本ですが,私もこれを最近読みまして非常に感銘を受けました.この中で一つ注意しなくてはいけないのは,身体性とロボティクスということではないかと思います.「身体と知能の調和がロボティクスである」とありますが,身体性というのは,ロボットが内部ではなくて外部に対して有効な仕事をするんだという意味だと思うんですね.要するに実体があってそれが外部の空間に物理的な影響を及ぼす,それが身体性という言葉だと思います.そう考えますと,今の例にありましたピンチングの力学というのも,われわれが今まで突いていないというところをお話になったんだなあと思っております.

 これはある人のテキストなんですけども,ここまでロボティクスは進歩しましたから,教科書はあるだろうか,概論書はあるだろうか,と思いましていろいろ本を集めております.これもやはりロボティクスの入門書ということになっておりますけれども,大体こういうような内容であります.要するにロボットがどうなんだと,ロボットがどういうものを持っているんだと,ロボットがどういう運動をするんだと,それぞれロボットを中心に書いてある.したがってロボットの言うなれば解剖学であります.こういうことで大体整理されているとは思うんですが,ロボットを勉強する学生にとっては良い教科書なんですが,私たちがねらっているロボット工学概論,ロボティクス論というものはやはりもう少し高い立場から書かれたものだろうと思っております.しかしもっとシャープなところに論点を当てますと,例えばこのように,マニピュレータのところだけを厳密に理解しようとしますとこれだけの立派なものもあるんですね.これはこれで非常に優れたものであります.私が申し上げたいのは,こうしたものがいくつかできて,これらが全体として体系を作るときに,どういうカテゴリーで体系をつくるか,ということが非常に問題になってくるだろうと思われます.そこが非常に大きな私の関心の的でもあります.


(OHP2)

「ロボット工学原論」
The Principles of Robotics


目  次

1.序論 -- ロボットとは何か?--

 ロボットの構造と機能   Anatomy of Robots and Robotic Function
 ロボティクスのパラダイム Paradigm of Robotics
 ロボットの知能、感性   Intelligence, Sensitivity of Robot

2.ロボット博物学

 ロボットの形態学と分類学 Morphology and Taxonomy of Robots
 からくり民族博物学    Ethnological Museum of Karakuri Automata
 ロボット系統発生学    Phylogeny of Robots

3.ロボット社会学

 産業用ロボット工学   Industrial Robotics
 極限環境用ロボット工学 Robotics for Hazardous Environment
 医療福祉用ロボット工学 Robotics for Medicine and Welfare

4.ロボット情報学

 自律分散システム  Autonomous Distributed System
 人工技能学     Artificial Skill
 知能空間論     Intelligence Ubiquitous Space

5.ロボット哲学

 人間機械論      Man-Machine Theory
 ロボットの認知心理学 Cognitive Philosophy in Robotics
 人間−ロボット共存系の比較心理学 Comparative Psychology of
                   Man-Robot Co-existence System

6.ロボット経済学

 原価計算論       Cost Accounting
 知能の価格、感性の価格 Price of Intelligence and Sensitivity/Kansei
 意思決定論に基づくロボットの知能化設計 Robot Design by Decision
                     Making

  サイバービジネスへの接近 Approach to Cyber-Business


 そこでこれからお見せするのは,先ほど大学の時代に大先生が原論はこういうものである,概論はこうだ,ということを話されまして,一番上に「ロボット工学原論」ということが書いてあるんですが,専門家の中でわれわれの最もprincipleとなることは何だろうなということをまとめ上げたのが原論だといたしますと,私は今日のセッションを通じまして考えたことをまとめますと,これが一つの姿かなあと思っております.1番が序論で,2番がロボット博物学,それからロボット社会学,ロボット情報学,そしてロボット哲学,最後には経済学,という順でありまして,少なくともこういう方面からこういう目で今ロボティクスを見直す,というのも一つの見方ではないかなと思うのであります.

 まず最初にこのロボット工学原論の第1章は序論でありまして,これは先ほどから申しておりますロボット自身が考えられる機構的な機械としての構造と機能はどういうものであるか.それから今までわれわれが使ってきたロボティクスのパラダイムと言いましょうか,共通的方法論というのは何か,それから人工知能との関係,感性情報との関係,この辺のことについて,ロボットとは何かということをまず議論できるだろうということです.

 その次はロボット博物学.これはなぜこういうのを付けたかと言いますと,生物学というのは比較的新しい名前でありまして,生物についての議論はギリシアの昔からずっとあるわけですけれど,それはほとんど生物についての知識の集大成にしかすぎなかった.つまり博物学である.一応の仕分けはあっても学問としての体系がなかったわけです.しかし博物学,natural historyでした.われわれはまだ体系を持っておりませんので,ロボット博物学という名前が良いのかも知れないというわけで付けたんですけれど,これで言いますとロボットはどういうところから来たかという歴史ですね,系統発生学もありますし,私が前から言っておりますように,ロボットとからくりとの類似性に着目しまして,ロボットの本質的な問題が議論できないか,ということでからくり民族博物学,またロボットの形態学と分類学.こういうことをやりますと,ロボットを生物的な見方でいろんな議論ができるんではないかということですね.

 それから3番目が第3章ですが,社会的効用とか社会への影響,産業社会のみならず人類に対してどういう寄与ができるかということについて,ここでわれわれは考えておく必要があるだろうと思います.具体論としましては産業への応用,宇宙とか水中とかdemining,いろいろなわれわれが非常に必要だと思っているんだけれどもまだできない,という部分について.それから医療福祉への応用,他にも色々あると思うんですが,こういう社会的な意義の高いロボットはどういう観点で開発されるんだということを議論したら良いだろうと.これが第3章です.

 原論の第4章はロボット情報学であります.最近は情報が非常に進歩してきておりますので,一昔前の出口探索システムをどうするかといったことはもうだいぶ進んできていると思うんですが,それから今日吉川先生がおっしゃいましたような人工技能学というのも,これはやはり情報という立場から見ると,技能は一種の知能であろうというようなことから見ますと,やはり人工技能学というものはあり得るかも知れない.また既に知能というものは空間的に分布して,これはかなりロボット的な発想なんですけれど,空間知能論,そういうような最近のロボットにからんだ情報学,informatics,そういう分野が代表できるのではないか.

 それから,私はこれはよくわからないところなんですが,今日のオーガナイズドセッションでも哲学という言葉がたくさん出て参りました.人間機械論というのも哲学でしょうし,それからロボットの認知心理学という言葉も出てきております.それからこれは永遠のテーマかも知れませんが,人間とロボット,あるいは人間と機械との共存であります.それにおける比較心理学だとか,全体として心理学的な,この辺もかなり研究の芽として進んでおります.この辺のところをものとしてではなく哲学として論じるということが必要ではないかと思ってこれを作ってみました.

 最後はロボット経済学でありまして,やっぱり機械でありますから需要と供給で決まるんだと,そう単純に値段が決まるんだというわけではないんですけれど,やはりたくさんの人に普及したいと.ロボットは消費財であるというように見ようとすると,それは原価計算をして行くしかない.研究する前にやらなくてはならないと思うんですね.いや,軍事技術や宇宙開発もそうですが,高いけれども,ある経済学的な側面から見れば,どのくらいの値段が妥当です,という線が出るかも知れない.そういう線をわれわれは知っておかなくてはならない.ロボットの研究者はこれを避けてきたように思うんですね.これを全部産業界に押しつけまして,これを約束するのはあなた達の役目ですというようなことを言う人もいるんですが,そうではなくて研究者自身がやる.確かに今ロボット工業会が集計しております知能ロボットというカテゴリーの機械があります.その機械は普通の機械のほぼ2倍半くらいの値段であります.見たところそんなに違ったものではないんですが,知能ロボットというのはとにかく普通の機械の2.5倍位するんであると.知能というのは結局高いんです.それから,感性を持ったロボットは安く作れるように私たち思ってますけれども,私はこれはちょっと考えなければならないなと思っているんですね.感性も家庭の中にはいると,いろいろ出ますとですね,今のようなお楽しみのロボットだけでは済まない.そうすると知能ロボットと同じように感性のロボットも価格というものが大事になるでしょう.そうしますと,コストだとか,そういうものを分析する必要が出てきますけれど,これから研究しようという研究者にとっては,これを提供すべきかどうかという意志決定論が必要になってきます.企業の研究部門ではそうやっていると思うんですけれど,いくつかのロボットがあってその中のどれを選ぶかという意志の決定論というものがロボットの計画だとか,どの程度知能化するかというようなことに入ってくる,そんな方式も必要ではないかなと思っているのであります.

 こんなことを考えておりまして,なにか私の申し上げるロボット工学原論なるものが多少でも意味がありましたら幸いだと思ってお話しさせて頂きました.どうもご静聴ありがとうございました.