ロボット工学ソフトウェアライブラリCD−ROMについて
(日本ロボット学会誌Vol.14, No.1付録) 1996年1月

日本ロボット学会会誌編集委員会
機械技術研究所    荒井 裕彦
電子技術総合研究所 小笠原 司

1.主旨および目的

 本誌特別付録「ロボット工学ソフトウェアライブラリ」はロボット工学の解析・実験・シミュレーションなどに用いられたソフトウェアを広く募集し,一枚のCD-ROMに収録して日本ロボット学会の全会員に提供するものである.本学会においては他の諸学会にさきがけて1991年と1992年の2回にわたり,ビデオ特集号を発刊した.今回の企画はさらに,発信された情報の再利用を容易にするための新しいメディアによる学会誌をめざしている.

 本来,実世界で動くロボットは,外界から情報を取り込み再び外界に作用するまでの一連の機能を統合したトータルシステムとなってはじめて意味をもつ.そのあるべき姿は知能,マニピュレーション,移動,センシングなどの機能が有機的に結合・協調して働くものであることは間違いない.にもかかわらず現在のロボット研究はそれぞれに関する個別の要素研究がほとんどである.しかも各分野は高度に細分化され,飽和の域に近づいている.一方,個々の分野で開発された技術は誰にでも使えるツールとして提供されているとは言い難い.自分とは異なる分野の成果も含めたシステムの統合化の研究に踏出すためには,そうした分野の進展をも自力でたどることが必要であり,多大な労力とリスクを伴う.結果としてロボット研究者は自分の分野の殻に閉じこもりがちになり,他分野の成果を取入れたシステムの統合化はいつまでも進まない.

 現在のロボット研究の大半の実体はソフトウェア開発であると言っても過言ではあるまい.ロボット研究者の実質的な研究活動のうちでは,コンソールに向ってプログラミングを行っている時間が圧倒的に長いのが実情だと思われる.ところがこうして貴重な時間を費やして作成されるソフトウェアのほとんどは,研究が終了した時点で使い捨てとなるか,せいぜい同じ研究室の範囲内で使われる程度にとどまっている.研究成果を伝える公的な手段が紙に書かれた論文による二次情報のみという現状は,技術伝達のボトルネックとなっている.他の研究者の成果を利用するためには,論文を読んで完全に理解し,もう一度自分自身でソフトウェアを作り直す以外に方法がなく,多重の研究投資を要する.このことはまた学界と産業界の乖離を生んでいるとも言える.大学・研究所などの研究機関で開発された技術の多くは企業へ普及されることなく終り,現場からのフィードバックを受けることができない.

 ロボット研究における一次情報の大半を占めるソフトウェアは,電子メディアによる流通や,ツールとしての再利用が本質的に容易である.技術伝達の手段としてソフトウェアはある意味で論文を越えるものである.実際のロボットを動かすプログラムには論文には書かれないノウハウが詰め込まれている.広い範囲のロボットソフトウェアが直接的に流通し,研究者にとって容易に入手できるようになれば,自分の専門分野以外に関するソフトウェアの開発時間が短縮され,しかも最新の成果を手軽に使うことができるようになる.例えばマニピュレーションの研究者が移動機能との統合化への進出を考えた場合,移動ロボットのソフトウェアがツールとして簡単に手に入る.その結果,統合化研究の効率は劇的に向上すると考えられる.また個別の要素技術についても同分野の研究成果がソフトウェアとして提供されれば,追試や比較,改良が非常に容易にまた公正に行なえる.企業としても各大学・研究機関などで開発された技術の実用性を簡単に評価できるようになる.このことはまた現在危機的状況にあると言われる企業内のロボット研究への学界からの貢献にもつながると思われる.

 知的資産の共有と普及という学会本来の目的を鑑みてこうした現状に一石を投じるべく,本学会会誌編集委員会では一年半にわたる議論と準備を重ねた末,本企画の実現に至った.上に述べたような大きな狙いからすれば,本企画はむろん第一歩に過ぎず,いまだ解決すべき問題は山積している.

 例えばロボット工学においてソフトウェアの流通・再利用の障壁となっている問題にロボットソフトウェアのハードウェア依存性がある.通常の計算機ソフトウェアは再利用が容易で,ある計算機で開発されたソフトは次々に別の機種に移植されてゆき,その間に改良が重ねられて実用に耐えるものとなる.ロボットの場合,特定のロボットハードウェア(メカニズム,センサ,アクチュエータなど)のために開発されたソフトウェアを他のハードウェアに移植するためにはその度に改造が必要となるため,そうしたプロセスが円滑に機能していない.これを克服するためには少なくとも研究開発レベルでのプラットフォームの標準化が必要である.本企画がこの特集号と組合わされていることにはそういう意味があり,特集記事にもあるように,各方面で標準化への努力が始まっていることは心強い限りである.

 いずれにせよ,本ライブラリが日本のロボット研究の最新成果の生きた集大成として,会員各氏によって研究・教育活動に広範に利用されると同時に,これが突破口となってロボットソフトウェアの共有が促進され,ロボット工学のさらなる発展に寄与することを祈る.

2.各ソフトウェアの説明

(以下略)