日本ロボット学会誌,Vol.13,No.1,1995.
放談室 「紙からディスクへ」

 現在のロボット研究の大半は多かれ少なかれソフトウェア開発と関わりがあります.ロボット研究者が自分の研究室で何をしているかと言うと,(雑用をこなすための7割以上の時間を除いた,研究に没頭できる時間のうちでは)コンソールに向ってプログラムをカチャカチャ組んでいる時間が圧倒的に長いのが実情だと思います.ところがこうして貴重な時間を費やして作られるプログラムのほとんどは,研究が終った時点で使い捨てとなるか,せいぜい同じ研究室内で使われる程度にとどまっています.これは非常に勿体ない!研究成果を伝える手段が紙に書かれた論文のみという現状は,技術の進歩から取り残されたものです.これでは他の研究者の成果を利用するため論文を読んで完全に理解し,もう一度自分自身でプログラムを作り直す以外に方法がありません.このことはまた学界と産業界の乖離を生んでいるとも言えます.大学等で開発される技術の多くは企業へ普及されることなく終り,現場からのフィードバックを受けることができません.

 ロボットのあるべき姿は知能,マニピュレーション,移動,センサ等が一つのシステムとして統合されたものだと思います.にもかかわらず現在のロボット研究は高度に細分化された個別の要素研究がほとんどです.一方で,開発された技術は誰にでも使えるツールとして提供されているとは言えません.他分野の成果も含めたシステムの統合化の研究に踏出すためには,そういう分野の進展を自力でたどることが必要で,多大な労力とリスクを伴います.結果としてロボット研究者は自分の分野の殻に閉じこもりがちになり,システムの統合化はいつまでも進みません.

 技術伝達の手段としてソフトウェアはある意味で論文以上のものです.実際のロボットを動かすプログラムには論文には書かれないノウハウが詰め込まれているからです.広い範囲のロボットソフトウェアが容易に入手できるようになれば,統合化研究の効率は劇的に向上すると考えられます.また個別の要素技術についても同分野の研究成果がソフトウェアとして提供されれば追試や比較,改良が非常に容易にまた公正に行なえます.企業としても各大学等で開発された技術の実用性を簡単に評価できるようになります.

 知識の共有と普及という学会の目的を省みてこうした現状に一石を投じるため,会誌編集委員会ではロボットの実験・シミュレーション等に用いられたプログラムを広く募集し,CD-ROMの形で会員に配布することを計画中です(14巻1号付録予定).会誌自体も遠からず(20年後位には?)マルチメディア化(図をクリックすると実験の映像が動き,設計図が現われ,シミュレーションが走る…)するとは思いますが,とりあえず今回の企画に御協力の程よろしくお願い致します.

(荒井裕彦 機械技術研究所)