日本ロボット学会誌,Vol.13,No.2,1995.
構造材料技術の最先端
−ロボット工学者のための先進材料入門−
特集について

 産業技術という側面からロボティクスを眺める時,現実の環境で動く実体としてのロボットハードウェアは不可欠の存在である.こうした実体を最も底辺の部分で支えている基幹技術は構造材料・アクチュエータ・エネルギー源の3つであり,今後いかにロボティクスが発展しようとも,これらを欠いて実際に動くロボットを作ることは物理的に不可能である.ところが学問領域としてのロボティクスを主に構成しているのは感覚・認識・計画・制御・機構等の分野であり,上記の3つの基幹技術の研究は不当に軽視されているように思えてならない.こういう状況が生じた背景は,ロボット研究が始まり,そのコミュニティが形成された時点での分野もしくはその研究者の構成が,そのまま組換えられることなく現在まで受け継がれているという事情にある.決してこれらの基幹技術がロボティクスにおいて本質から外れた些末な問題であることを意味しているのではないし,またこれらの技術が進歩の余地がないほど完成された状態にあるとも信じられない.

 この結果として,ロボットアームを考えてみると,制御技術等の急速な進歩にも関わらず,ハードウェアについては20年前とほとんど同じものがいまだに用いられているという奇妙な偏りがある.これは極端な例えで言えばレシプロエンジンの木製複葉機に最新の計算機を搭載してCCVを構成するようなものではないだろうか.また,あらゆる場所を自在に移動することを本来の目的とした歩行ロボットの多くが実際には臍の緒をひきずっているという現状も,こうした研究分野の偏りと無縁ではあるまい.

 最初に,産業技術の側面から,と前置きしたが,知能あるいは生物の原理を探求する学問としてのロボティクスも上記の問題と無関係ではあり得ない.知能は身体と切り離されて独立に存在し得るものではなく,行動する身体に立脚するものであるという認識が急速に浸透しつつある.生物は進化の中で驚くほどバラエティに富んだ性質・機能を持った材料からなる身体を造り出し,それぞれに応じた知能を獲得している.現在のロボティクスが利用している極めて限られた範囲の材料からは,やはり貧しい知的行動しか生み出し得ないのではないか.

 さて,本特集において日本ロボット学会誌としては異色とも言える材料技術をあえて取り上げたのは,以上のような問題意識からである.ロボットを構成する構造部材はその力学的特性等に大きな影響を与えるにも関わらず,従来のロボット研究においてはそれほど深い関心を払われてこなかった.現在のロボットに用いられるのはアルミ合金か,せいぜい部分的にFRP程度で,航空・宇宙分野等と比べると非常に遅れていると言わざるを得ない.例えばフレキシブルアームの研究においても,既にできあがっているアームに発生する振動を制御手法で止めるというスタンスのものがほとんどだが,それ以前に軽量高強度あるいは防振性の材料により振動しにくいアームを作るという方向があるべきではないか.また,サービスロボット等の人間との共存を前提としたロボットにおいては,硬くて重い材料を用いた産業用ロボットとは全く異なる設計原理が材料選定を含めて求められている.さらに自己修復あるいは自己増殖といった問題も,材料技術抜きで語ることはできない.

 我々ロボット研究者のほとんどは最初に述べたように情報処理・計測制御・機構等が専門で,材料技術に関しては全くの素人に近い.一方でロボット研究者は必然的に材料ユーザでもある.本特集では材料工学の専門家に先進材料研究の現状や,現在入手できる高機能材料にどんなものがあるか,それらを取り入れることによってどんなことができるか,等を紹介して頂き,ロボットを構成する材料はどうあるべきかについて再考するための一助としたい.

 材料技術の素人である点に関しては本特集の担当委員も例に洩れないため,各サブテーマと執筆者の選定にあたっては機械技術研究所基礎技術部長の榎本祐嗣氏にご協力を頂いた.また榎本氏にはロボティクスへの応用という観点から材料技術の展望について執筆をお願いした.それぞれの材料に関する解説は,「先進複合材料」,「高強度アルミニウム合金」,「セラミックス材料」,「ゴム材料」,「ハニカム構造材料」,「超耐熱金属材料」,「形状記憶材料」,「アクチュエータ材料」,「機能性高分子材料」,「制振/防振合金材料」,「自己潤滑性トライボマテリアル」,「スマート構造材料」の計12件である.お忙しい中,解説の執筆をご快諾頂いた多くの執筆者の方々に心からお礼を申し上げる.また,特集末尾に「ロボット工学者のための材料用語集」および「材料工学関連学協会リスト」を掲げ,読者の参考に供した.

 本特集を機に,ロボティクスにおける材料技術の重要性が再認識され,新たな学問領域が開拓されるとともに,ロボティクスがより地に足のついた工学分野として確立することを願ってやまない.

(荒井 裕彦  機械技術研究所)