独立行政法人産業技術総合研究所
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新聞記事掲載:2007年5月18日
日刊工業新聞「色素分子を内包した単層CNT:光の吸収領域を拡張」

スクアリリウムと呼ばれる色素を単層CNT(Single-wall carbon nanotube: SWCNTと略す)に内包させ、その分光特性を調べた結果、内包分子により通常のSWCNTの光吸収・発光の領域を拡張できることが明らかになり、日刊工業新聞に記事として掲載していただきました。この研究成果の詳細はアメリカ化学会誌に掲載されています。
"Photosensitive Function of Encapsulated Dye in Carbon Nanotubes"
Kazuhiro Yanagi, Konstantin Iakoubovskii, Hiroyuki Matsui, Hiroyuki Matsuzaki, Hiroshi Okamoto, Yasumitsu Miyata, Yutaka Maniwa,Said Kazaoui, Nobutsugu Minami, and Hiromichi Kataura, J. Am. Chem. Soc. 129 (2007) pp.4992 - 4997.


概要(少しやさしく書いてみました。専門家は論文を読んで下さい)

単層CNTには半導体型と金属型の2種類があり、そのうち半導体型のSWCNTは、光を照射すると発光するという性質を持ちます。実際にこの性質を見るためには、SWCNTを一本一本ばらばらにする必要があり、通常は界面活性剤(石鹸の一種)を溶かした水中でSWCNTに強力な超音波を照射し、ミセルと呼ばれる分散状態を作って調べます。

スクアリリウム分子の構造

今回、単層CNTにあらかじめスクアリリウムという名前の色素分子を入れておきました。入れ方は簡単で、穴を空けた単層CNTを色素分子を溶かした有機溶媒中に分散し、加熱(60℃程度)するだけです。分子は溶媒中にいるよりもSWCNT内部の方が好きなので、少し温度をあげてあげると、勝手に入って行くのです。この処理を行ったあと、SWCNTを何度も良く洗い、SWCNTの外側に着いた色素分子を洗い流しました。こうして、SWCNTの内部に色素が入った試料を準備しました。

スクアリリウム分子のSWCNTへの内包手順

スクアリリウムという色素は、青い色をした分子です。青い色をしていると言うことは、実は赤い色の光を吸収する性質があります。赤い色を吸収してしまうため、残った青い光が通り抜け、青く見えるのです。つまり、赤い光を吸収する色素を単層CNTに入れた訳です。
さて、今回使用した単層CNTは、直径がだいたい1.4 nmくらいのサイズです。単層CNTの色は、金属型と半導体型で異なっており、また直径でも変化します。今回使用した1.4 nmのSWCNTでは、半導体型は茶色をしており、金属型は青い色をしています。そうです、金属型は赤い色を吸収するので、SWCNTに入れたスクアリリウムと同じように、青い色になるのです。

さて、ここからは少し話が複雑になります。パズルの様です。直径1.4 nmの半導体型のSWCNTは、赤い色(波長にして650〜700 nm)の光を吸収しません。半導体型SWCNTは、赤い光に対して透明なのです。従って、1.4nmの直径の半導体SWCNTに赤い光を照射しても何も起こらず、通り抜けてしまいます。下の図の上半分の地図のような絵が、色素の入っていないSWCNTの蛍光マッピングの結果です。マッピングとは、結構面倒な測定です。いろいろな波長の(色の)光を試料に照射し、その際試料から出てくる光(発光)の色を調べる実験です。試料に当てる光と、出てくる光の両方を分光する必要があり、とても面倒で大変な測定ですが、試料に含まれているSWCNTの様子を詳しく調べることができます。横軸が照射した光の波長で、縦軸が発光した光の波長を示しています。赤い色の光に相当する横軸650〜700nmのところを見ると、何も発光がありません。これが、何も起こらずに通り抜けてしまうという意味です。一方、半導体型SWCNTが吸収する波長である、950 nmあたりを見ると、発光のピークがいくつもあることがわかります。これが中身の入っていない、普通のSWCNTの結果です。ピークの位置から、どんな巻き方をしたSWCNTからの発光かがわかります。
ところが、そのSWCNTの中に、赤い色の光を吸収する色素が入っていたらどうでしょうか?そうです。今回準備した試料は、普通なら通り抜けてしまう赤い色の光を吸収する色素の入った半導体型のSWCNTなのです。この試料の発光マッピングは下の図の下半分の結果です。スクアリリウムを入れていないSWCNTでは、赤い色を照射しても何も起こりませんでしたが、色素を入れたSWCNTでは、SWCNTからの強い発光が観測されました。さて、これはどういうことでしょうか?

スクアリリウム分子を内包したSWCNTと空のSWCNTの蛍光マッピング
スクアリリウムを内包したSWCNTでは、新たな発光ピークが観測された

この原因を突き止めるために、さらに追加の実験をしました。その詳細は省略しますが、結局何がわかったかというと、赤い光を照射すると、SWCNT内部の色素がその光を吸収します。その後その光のエネルギーをSWCNTにバトンタッチし、あたかもSWCNTが光を吸収したかのような状態になります。光を吸収したのと同じ状態になったSWCNTは、発光してそのエネルギーを放出したのです。こういった現象は、SWCNTや分子がナノメートルサイズであるために生じると考えられています。同じような実験をもっと大きな物をつかって行っても同じ結果は得られないでしょう。
こういった現象を色素を使って物質の本来の感度を上げる事から、色素増感と呼びます。通常は、化学結合を使って同様の機能を実現するのですが、今回はSWCNTの内部に分子を入れるという簡単な操作で実現しました。SWCNTの外部に化学結合で付けることも可能なのですが、それをやってしまうと、SWCNTの結合が変化し、SWCNTの性質が変わってしまいます。SWCNTの内部に分子を入れる方法では、分子とSWCNTの間には化学結合が無いため、SWCNTの性質はほとんど変化しません。また、SWCNT内部の分子は外気から遮断されて保護されており、例えば空気中で不安定な分子でも安定に保存できるという長所もあります。(関連した話題として、レチナール分子1分子の動きを電子顕微鏡で観察することに最近成功しました)

SWCNT内部にいろいろな分子を入れて、SWCNTの本来の性質を損なわずに、付加的な機能を付けてさらに機能性の高い素材にするという研究は、SWCNTを用いたトランジスタや光素子の開発に欠かせない重要ものです。産総研ナノテクノロジー研究部門では、今後も分子内包SWCNTの研究を続けて行く予定です。

本研究成果についてさらに詳しい説明が必要な方は、当研究グループまでご連絡下さい。