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image of Kataura-plot in fall
Kataura-plot 秋バージョン

東北大学の齋藤理一郎先生(通常、名前までは記さないのが日本の風習だが、ナノチューブの研究者に著名な齋藤先生が複数いらっしゃるため、この業界ではフルネームで記すのが習慣となっている)が、ナノチューブの1次元van Hove 特異点間の光学遷移とナノチューブの直径の関係を示したプロットをそう名付けたため、今では広く用いられるようになっている。論文のタイトルにも使われているし、それ故、このwebページに訪れた方もいらっしゃると思う。これまでは、これについてあえて触れないようにしてきたが、kataura-plotを求めて訪れた方が落胆されないようにするためにも、私としても何かアクションを起こすべきと考え、このセクションを設けることとした。今後、面映ゆい気持ちを抑えつつ、少しずつ解説して行きたいと思う。

そもそもKataura-plotは計算結果
現在でこそ、実験結果を用いて光学遷移のプロットをしようと試みられているが、当初は当然の事ながら、単なる計算結果であった。この方面の理論計算の先駆者であり、権威である齋藤理一郎先生が、こういった計算結果をすでに示されていた。我々は独自に単層カーボンナノチューブの薄膜を作製し、その近赤外光吸収に特徴的な3つの吸収ピークを観測していた。当時ナノチューブの素人であった我々は、この吸収構造の同定ができておらず、齋藤先生に相談したが、明確なご返事をいただけなかった。そこで、仕方なく齊藤先生の論文を参考に、見よう見まねで計算を行い、状態密度のピーク間のエネルギー差を直径の関数でプロットしたのが、今で言うKataura plotである。この計算を実際にやってみて、齋藤先生の発表で感じた印象が正しかった事をようやく確認できた。つまり、同じ直径の金属CNTの光学遷移は、半導体のそれよりも必ず高エネルギー側に出ると言うことである。この単純なルールが重要であった。その当時米国のハドン等も論文を出しており、そこでは第一ピークが半導体、第2ピークが金属と同定されていた。この結果に納得いかない理由があった。それは、共鳴ラマンの結果である。

ファノ(BWF)共鳴
金属CNTの光吸収に合わせてレーザー光を選び、ラマン散乱を測定すると、通常(?)とは異なったブロードなG-bandが観測される。通常は、強度をあまり気にしないのが、ラマン散乱測定であるが、我々は純度の評価をラマン強度で行っていた関係で、強度の変化にはかなり敏感だった。強度、振動数、形状変化、全てはいわゆるファノ型のラマンスペクトルを示していた。当時、ドレッセルハウス大先生も、このブロードなラマンスペクトルを観測されていたが、彼女のお見立てはファノでは無かったのである。ここで、ファノを持ち出す方がむしろ素人だろうと思う。しかし、私の主張は単純で、揺るがなかった。光吸収の同定と、ラマンの同定は一致しなければいけない。この理屈で、それ以外の少々の問題は目をつぶり、金属CNTの吸収の同定を行った。

エキシトン効果
エキシトンの効果については、すでに安藤先生のグループから論文が出されていた。私の理解では、第一吸収ピークの位置がわずかに高エネルギー側にシフトするだけであり、全体としての議論に変更を加えるほどの効果ではないと当時判断した。特に、金属CNTについては考慮する必要は無いはずで、金属CNTを中心に考えれば、誤差範囲との認識であった。もちろん、現在ではこのエキシトン効果が極めて重要な議論の対象となっていることは、ご承知の通りである。特に、個々のCNTの構造同定という細かな議論においては、大きく影響を与える問題である。
現在、詳細なKataura-plotは齋藤先生のグループから提案されている。実験結果との整合をとり、実際に使えるレベルのプロットに仕上がっている。しかし、CNTの光学遷移の問題が全て解決した訳ではない。我々は、おびただしい量の実験データを抱えているが、簡単な議論で説明できるものは、わずかであり、多くはなぞめいた結果を示している。CNTの電子構造が全て明らかとなったとき、それらの真の応用研究をスタートできると考えている。