最終更新日:2001.09.23
ロボット技術の現在
以下の文章は、私、産業技術総合研究所知能システム研究部門技能・力学研究グループに所属する大山英明が大学時代のクラブのOB会誌に書いた文章ですが、国民の皆様のロボット技術に関するご理解を助けるかもしれないと思いましたので、掲載します。
「もしも、ドラえもんがいたならば・・・・ロボットの現在」
1.はじめに
「ドラえもん」と聞くと、「ドラえもん、ドラえもん、ドラえもんの○○○○は握れない。」といった下品なフレーズがつい頭にうかんで来てしまうのは、やはり現役時代のかけがえのない教育と学習の賜でしょうか? 20期大山英明(産業技術総合研究所)です。
現在、私は人間の運動制御系の学習モデルを研究しておりますが、10年ちょっと前には、産業技術総合研究所の前身の一つである通産省工業技術院機械技術研究所で、テレイグジスタンス(Tele-existence)或いはテレプレゼンス(Tele-presence:米国ではこちらが普通です。)と呼ばれるロボットの遠隔制御技術の開発をやっておりました。28期の星野 洋君(松下電工)が、当時の私の上司だった計数工学科の舘教授の研究室に入って、新型の触覚ディスプレイ装置を開発し、その後、HRP(Humanoid Robot Project)にて、ロボット操縦装置の表示システムの研究・開発を行っています。また、29期の並木明夫君も計数工学科の石川教授の下で、1ミリ秒で画像処理を行って物体の把持を行うロボットシステムを開発し、活発に活動しています。僭越ながら、少林寺ロボット部隊を代表して、ロボット技術の現在について書かせていただきます。
2.ASIMOとAIBO
ロボットブームの火付け役としては、Hondaの人間型二足歩行ロボットP2、P3、ASIMOとSonyのペット型ロボットAIBOがやはり双璧でしょうか。特に私にとっては、HondaのP2のインパクトは非常に大きいものがありました。私自身は、ロボットの運動制御における困難の解決は時間の問題であり、あと10年ぐらいしたら実用的な二足歩行が可能なロボットが出てくるだろうと他の研究者よりも「楽観的な」予測をしておりましたが、私の予想よりも10年ほど早く登場してしまいました。二足歩行の研究グループは、決して多くはなかったのですが、それでも早稲田大学の研究グループのように30年近くも二足歩行に取り組み、基本的な成果を積んでいた所もありました。ASIMOの基になった技術の多くは、大学や色々な研究所で細々と研究されていましたが、システムとしてまとめ上げることはできませんでした。民間企業が本気になった時の圧倒的な研究・開発能力を思い知らされ、国立研究所や大学における研究テーマの選択についても考えさせられました(私の所属は国立研究所では無く、独立行政法人という怪しげな組織にになってしまったのですが。)。
なお、本田ロボットを「鉄腕アトムの第一歩」と評する評論家もいますが、残念ながら、「パトレイバーの第一歩」とか「ガンダムの第一歩」にはなっても、「鉄腕アトムの第一歩」にはならないでしょう。鉄腕アトムやドラえもんは、人間のような思考システム、感情システムを持ち、おそらく「意識」を持っているロボットですが、本田ロボットは、基本的には人間の送る指令に基づいて運動しているだけの非自律型或いは操縦型ロボットです。情報処理の観点から見れば、SonyのAIBOの方が、極めて原始的ながら心理状態をシミュレートする仕組みを持っており、鉄腕アトムに近いと言えると思われます。
(もっとも、AIBOのソフトウェア技術は、バンダイの「たまごっち」やプレイステーションのソフト「がんばれ森川君2号」などで用いられた原始的な「人工生命ソフトウェア」技術と基本的には同じものであり、あらかじめプログラムされた機能を、段階に応じてやって見せるだけで、新たな行動を学習したりするといった本格的な知的機能は持ってはいません。)
AIBOの或いはAIBOを創られた方々の偉大さは、必ずしも、役に立つ作業ができなくても良いロボットのマーケットを発見したことだと思われます。AIBO以前は、産業用ロボットがロボット応用の中心でした。確かに、遊園地や博物館等で様々なデモンストレーションを行うための商用ロボットもありましたが、そのマーケットは小さいものでした。AIBOは優れたデザインと奇抜な動きで、商用・エンタテイメント用・自律型・ホームロボットのマーケットが存在することを立証してくれました。後述いたしますが、現在のロボット業界はとにかく新しい応用先を求めております。ロボットの新たなマーケットの創出は、日本のロボット研究にとっても、大変有り難いことです。
3.ロボット技術の問題点とロボット業界の悩み
ともかくも、HondaとSonyという日本を代表する大企業が本格的なロボット産業へと参入し、革新的なシステムを創り出し、ブームを巻き起こしました。今後もしばらくは続くでしょう。巨人トヨタもロボット参入か? という噂も聞こえてきます。ロボット産業への参入企業が増えてくることは大変嬉しいのですが、ロボットにそれほど大きなマーケットがあるのかというと、実は不安があります。といいますのは、現在のロボット技術は非常に大きな弱点を持っているからです。
ロボットのハードウェアについて言えば、物理的な制約があり、安価に製造することはなかなか困難ですが、HondaのASIMOを見れば、日常環境下でそれなりの作業を行えるロボットのハードウェアを作ることは、この十数年のうちに十分可能と思われます。問題はソフトウェアです。HondaのASIMOは操縦型ロボットであると書きましたが、将来の本格的な自律型ロボットでは、基本的には、(0)目標入力、(1)環境(状況)認識、(2)行動計画、(3)行動実現((3−1)軌道計画、(3−2)運動制御)といった情報処理が必要になります。このうち、現在の手法の延長上に確実に実現可能と考えられているのは行動実現だけで、環境認識と行動計画については、五里霧中の状態がここ二、三十年ぐらい続いています。
現在の計算機にとって、画像情報を用いた環境認識は大変な難問で、カメラ画像から、オフィスに存在する机、椅子、ロッカー、本棚、本、書類、封筒、シャープペンシルといったありふれた物体を認識できるような画像認識システムはどこにも存在しておりません。さらに、環境認識に成功したとしても、人間のような柔軟な行動を生み出せるような行動計画は、環境認識と同じかそれ以上に難しい課題です。環境認識と行動計画は、パターン認識、人工知能といった分野を中心として研究が進められていますが、現実のロボットに利用できるようなレベルの技術はなかなかありません。人間と同等でなくても、ある程度の環境認識と行動計画能力があれば、日常環境下で役に立つはずですが、そのようなレベルすら、到達できる確立した手法はありません。
環境認識が非常に難しい問題であることから、90年代は、環境認識を前提としないロボットの行動制御方式(Behavior based Approach)の研究が盛んになりましたが、特定の作業目標を達成するようなロボットとしては役に立たないという評価が、少なくとも現場の技術者には定着しています。
現在、私はいわゆる人工ニューラルネットを使って、人間の運動制御系のモデルを作っておりますが、1980年代後半から90年代にかけて、「行き詰まっている人工知能の現状を打破する」といった派手なキャッチフレーズで、ニューロコンピュータについて膨大な研究が行われ、計算機が苦手なパターン認識等の処理に有効でないかと期待されました。手書き文字認識等、2次元パターン認識については、期待の通り、ニューロコンピューティングの手法が実用化され、製品レベルで応用されていますが、ロボットの環境認識については、人工知能やパターン認識分野で開発されてきた伝統的手法に対する優位性はあまりありません。ニューロコンピュータが、従来の人工知能研究が無視してきた知能の新たな領域を切り開いたことは確かですが、人工知能の難問と考えられているような問題を解決できたわけではなく、「行き詰まっている人工知能の現状を打破する」ようなものでなかったことは、工学研究者の間でほぼ共有されている認識と思われます。情報処理業界において、遺伝的アルゴリズム、サブサンプションアーキテクチャ、強化学習、複雑系....等が登場したように、今後も様々な手法やキャッチフレーズが登場して、ブームを起こすでしょうが、先ず間違いなく、現実の複雑な環境下でロボットの「環境認識」か「行動計画」をやらせれば、多くの場合「使えん!」ということが判明するでしょう。それくらい、自律型ロボットの情報処理は難しい課題です。その意味で、ロボットは、人間型情報処理システムの検証実験装置とも成ります。
すいません。脱線してしまいました。AIBOのような小型のロボットでは問題ありませんが、家庭内等の日常環境下で人間のやっているような作業を行うためには、ある程度の大きさと重量が必要となります。認識能力が決定的に人間に劣り、しかも頑健なロボットは、非常に危険な存在となる可能性があります。役に立つロボットが家庭内に進出することは当分の間困難です。
工場内においてロボットは、人間と違って、飽きずに、正確に、同じ作業を繰り返すことができますが、その動作の設定にはかなりの手間がかかります。実際の生産システムの中に入って、力を発揮するまでにかかる作業が、人間に比べて圧倒的に大きい。現在は、多種少量を効率よく生産するシステムが求められていますが、そのような生産については、ロボットはあまり得意とは言えません。人間の情報処理を利用した、パワー・アシスト型のロボットも一部で使われ始めましたが、なかなか、広く使われるようにはなっていません。
ロボットには様々な定義がありますが、工学的な定義の一つに、汎用作業機械というものがあります。しかし、色々な用途に使えるはずのロボットは、その中途半端な情報処理能力のために、実際には応用先は多くありません。他の機械と異なり、ロボットの直接の競争相手は、人間であるからです。不況期は、賃金が切り下げられて、安価に人間を利用できるので、ロボットの出番は益々減ってしまいます。
ロボット業界の最大の悩みは、ロボット技術の応用先が少なく、結果として、マーケット並びに産業規模が小さいことです。ロボット研究は大学では非常に人気の高い分野なのですが、ロボット産業の規模が小さいために、ロボットを研究した学生は、ロボットの研究・開発をやりたくても、ロボット関連の仕事につくことはかなり難しい状況です。ASIMOやAIBOのおかげで、少しは、企業におけるロボット研究が盛んになったかもしれませんが、まだまだ足りません。というわけで、我々も、良い応用先は無いかと頭を悩ます日々が続いています。皆様、良いアイデアがありましたら、是非ご連絡下さい。
4.遠隔操作とHRP(Humanoid Robotics Project)
ここで、星野君や私がやっている/やっていたロボットの遠隔操縦技術について話させていただきます。古いロボット研究者にとって、人間と同じような感情を持ち、思考する鉄腕アトムは理想でありますが、自律型ロボットについては、まさに泥沼状態がここ二十年以上も続いております。しかし、Honda二足歩行ロボットの登場により、運動制御に関しては、ここ十数年のうちに、人間と同等の運動能力を持ったロボットが作られる可能性が見えてきました。それならば、「マジンガーZ」、「ガンダム」、「パトレイバー」のように人間が操縦する操縦型ロボットならば、結構使えるのではないか? というのは誰しも考えることです。勿論、人間が操縦するのですから、明らかに「操縦者を含めたロボットシステムのコスト>人間のコスト」となりますので、人間ができる作業をやらせても、コストパフォーマンス的には勝ち目はありません。しかし、人間にできない作業ならば、大丈夫です。
図1 テレイグジスタンス・ロボット・システム
JCOで臨界事故が発生して、三人の方が犠牲になられましたが、あの事故のように、放射線事故や火災現場のような、人間が作業するのが難しい環境下で救助活動等の作業を行えるロボットは、今後不可欠になるものと思われます。
私たちが開発していたテレイグジスタンス(Tele-existence)或いはテレプレゼンス(Tele-presence:世界的に見れば、こちらが普通です。)方式と呼ばれるロボットの遠隔制御手法では、ロボットの得た感覚情報を操作者に送り、ロボットが感覚情報を得た状態と同じ状態で操作者に提示し、また操作者の動きに追従してロボットが動くようにすることによって、操作者はロボットになったかのような感覚で、ロボットを自由に制御できます。30代の方ならば「ジャンボーグA」という円谷プロダクション制作の特撮番組に出てきた、ロボットの操縦方式を覚えていらっしゃるのではないでしょうか? 昭和37年度生まれの方なら、小学館の学習雑誌・小学2年生(1970年)に載った、内山まもる氏の漫画を記憶なさっている方もいるかもしれません。テレイグジスタンス方式はジャンボーグAの操縦法を、バーチャルリアリティの技術を利用して、高度化したものです。
もっと若い方で、アニメおたくの方ならば、「トップを狙え!」のガンバスターや「機動武闘伝Gガンダム」のGガンダムの操縦法をイメージしていただければ良いと思います。現時点では、人間型ロボットの操縦法としては、最も実用的な操縦法と考えられます。基本原理は単純なので、一見システムを構成するのは簡単そうです。しかし、実際にシステムを組もうとすると、色々な所で、泥沼にはまります。図1に機械研並びに東大で開発されたテレイグジスタンス実験システムの様子を示します。ロボットや操縦席の製作には(株)安川電機にご協力いただきました。写真の奥の方に操縦席から、手前のロボットを操縦するのですが、操縦者は自分の目に映る環境を認識し、普通に作業をすれば、ロボットがその通り動いて、特別な訓練を積むことなく、ロボットを操縦できます。業界では結構知られたシステムで、ロボット学会の技術賞もいただいております。日本のロボット・アニメーションでは、試作機の方が、量産機よりも性能が高いという、現実から乖離した設定がしばしば行われ、また研究所や大学の予算を決められる方々もそのような認識を持っていらっしゃるような気もするのですが、試作1号機が完璧であるはずはありません。至る所に欠陥を抱えているので、当時改良機を作らせてもらえたら、かなり凄いシステムになったはずですが、予算を獲得できず、弱点を直すことができなかったのは残念なところです。
図2 HRPスーパー・コクピット
HondaのP2の発表に大きな衝撃を受けた大学や国立研究機関の研究者が、人間型ロボット(Humanoid)の実用化を目指す、国家プロジェクト・HRP(Humanoid Robotics Project)を1998年に立ち上げました。P3をベースとする人間型ロボットを標準として、自律機能並びに操縦技術の高度化を目指すプロジェクトで、星野君はコクピットシステムの表示システムの開発をやっています。図2、図3に松下電工と川崎重工の開発したコクピットの操縦の様子を示します。無茶な開発スケジュールのために、かなりの問題点は残っているのですが、一見して「燃える」装置に仕上がっています。コクピットを単体で動かすためのソフトウェアを開発すれば、バーチャル少林寺練習機を作れるはずなのですが。。。。。 大変残念なことに、そのようなコクピットを単体で動かすソフトウェア開発は行われていないようです。国家プロジェクトの非効率性が現れているのかもしれません。
図3 作業をするロボット
5.おわりに
否定的なことも沢山書いてしまいましたが、人工知能関連技術の進展に伴って(と言っても、これが一番の難問なのですが)、困難な問題も、今後、二、三十年で解決される可能性は高いと思っています。長期的にはロボット技術の将来は明るく、必ずや日常空間の至る所でロボットが活躍するロボット社会は訪れるでしょう。ただ、将来のロボットマーケットにおいて、日本が大きな地位を占めることができるかどうかについてはかなりの不安があります。現在の経済的に苦しい状況を乗り切って、ロボット学・産業を育てていくためには、先見性のある産業創出のための適切な政策が必要です。また国民の皆様のご理解とご協力が必要となってきますので、よろしく、お願い申し上げます。
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