ここでは私の研究対象のひとつである珪藻について紹介します.

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珪藻の殻構造・生態

珪藻殻の構造

単細胞藻類である珪藻類は,一つ一つの細胞の外側が特徴的な構造によって覆われている.それらは,細胞壁に相当するケイ酸質(SiO・nH2O)の被殻(frustule),その外側を覆う粘液質の層(有機被覆;organic casing),被殻の内側に存在する有機質の膜(ディアトテプム;diatotepum)に分けられ,なかでも珪藻類最大の特徴である被殻は種固有の構造を持つと考えられ分類の際に重要視されている.
被殻は上半被殻(epitheca)と下半被殻(hypotheca)から構成され(または,単に半被殻や殻),それぞれはさらに上殻(epivalve)と上半殻帯(epicingulum),下殻(hypovalve)と下半殻帯(hypocingulum)に分けられる.また,半殻帯は数枚の帯片(bandあるいはcopula)から構成される(図3).
上半被殻と下半被殻の関係は,しばしば弁当箱やシャーレに例えられ,入れ物と蓋のように一対で細胞の中身を包んでいると考えるとその関係を捉えやすい.弁当箱の蓋の上に当たる部分を「殻面(valve face)」と呼び,この部分に見られる胞紋(areola)の列(条線:stria)の密度は分類をする際の重要な形質とされる.また,条線と条線の間の肥厚部は,間条線(interstria)と呼ばれる(図4上).条線を構成する胞紋は,殻の外側か内側,またはその両方が薄いケイ酸質の構造によって塞がれており,それらは師板(velum)あるいは師皮(rica)と呼ばれる.師板,師皮ともにナノメータースケールの小孔を持っており,それらによって胞紋の外部と内部のやりとりを行っている(図4下).中心珪藻には,有基突起(strutted process)と呼ばれる突起を持つものがある.この突起は中空であり,殻の外側に糸状の粘液が放出される.この粘液によって,浮遊性種は浮力を高めていると考えられている.また,外部に粘液を放出する器官として唇状突起(labiate process)があるが,有基突起のような糸状粘液は出すことができない.唇状突起の進化した器官と考えられているのが,羽状珪藻に見られる縦溝(raphe)である.縦溝は殻の長軸方向に走っているスリットであり,スリットを作っている周辺部を軸域(axial area)または縦溝中肋(raphe sternum)と呼ぶ.

珪藻の種数

珪藻の種数は,観察技術の発展と共に増加してきた.1960年代には1万2千程度(Hendey 1964)と言われていたものが,透過型・走査型電子顕微鏡による研究がまとまりはじめる1980年代以降では10万種と推定されている(Round et al. 1990).これは,電子顕微鏡の発達により被殻の微細構造がより詳しく観察され,従来は同種と捕らえられてきたものが別種とされる場合が増えたためである.また,今日の詳しいフロラ研究により全く新しい種が発見され続けていることも,種数増加の大きな要因である.

珪藻の生活環−有性生殖と細胞の休眠−

珪藻は通常,栄養細胞(複相世代:2n)が分裂を繰り返して増殖している.珪藻の細胞は被殻に包まれており,細胞分裂のたびに母細胞の中に娘細胞ができるため,「分裂=細胞の小サイズ化」を意味している(図5).この小サイズ化がある限界に達すると,減数分裂によって配偶子を作り(単相:n)有性生殖を行う.一般に,丸い殻を持つ中心珪藻は卵生殖を行い,羽状珪藻は一部を除き同型配偶を行う.どちらの方法を取るにしろ,有性生殖の結果として増大胞子とよばれる接合子が形成され,増大胞子の中に大型の殻(初生殻)が作られる.この初生殻が生活環を通して最も大きな細胞となる.初生殻の形態は,通常の栄養細胞の被殻と形態が異なることが多い.
いくつかの珪藻は,複相世代時に細胞が休眠状態となることが知られている.特に土壌表層や岩壁表面に生育する珪藻類には顕著な現象であり,これは厳しい環境を生き抜くための戦略のひとつと考えられている.休眠状態にある珪藻類は,一部の分類群を除き栄養細胞と区別しにくい場合が多い.例えば,浮遊生珪藻として知られるAulacoseira granulataAulacoseira italica subsp. subarctiaの休眠状態は,殻の厚さ,脂質の量,葉緑体の形などに変化が現れるだけある(Lund 1954).一方で,同じ浮遊生種のChaetoceros属やSkeletonema属の珪藻は,休眠状態と非休眠状態の被殻に顕著な形態的変化が見られえる.この特殊な形態を持つ休眠状態の細胞は,休眠胞子(resting spore)と呼ばれる.

珪藻の生活形と生育環境−単生と群生,浮遊生と底生,淡水生と海生−

珪藻には,単独で生育する種と群体で生育する種がある.群体をつくるものには2通りあり,被殻にある結合針(linking spine)で連結している種(図6)と,細胞外の粘質物で群体を作る種である(図7右下).結合針は通常殻面周辺にあり,お互いの殻面をつき合わせるように群体を形成する.Fragilaria属,Aulacoseira属などがこれに相当する(図6).中には,Paralia属のように殻面に連結を補助する構造を持つものがある(図6).粘質物で形成される群体は,Thalassiosira属のように鎖状のもの,Grammatophora属のようにジグザグ状のもの,Licmophora属やCymbella属のように粘質物の糸の先に作られる枝状のものなどがある.

珪藻は,その生活形が単生か群生かだけでなく,浮遊生活をするのか底生生活をするのかでもグループ分けされる.浮遊生・底生と分けたとき,それらをさらに細分する場合もあるが,その細分境界を厳密に決めることは難しい.例えば,底生珪藻種のPlanothidium delicatulumは一般的に砂質のものに付着するが,岩・礫の表面に付着しているのが観察されることもある.
これらの珪藻類を,その生育する水質環境でグループ分けすることがある.最も一般的なグループ分けは,生育する水域が淡水(無機電解質(塩類)が0.5‰以下)か,海水(塩類の量が30‰以上)か,またはその中間の汽水かによって分ける方法である.この塩類に対する特性は,Kolbe(1927)がハロビオンシステムとして発表し,珪藻を大きく真塩性,中塩性,貧塩性種の3つに分け,さらに貧塩性を好塩性,嫌塩性,不定性種に細分化した.このほか,珪藻を有機汚濁,水素イオン濃度(pH),流速に対する特性で分ける方法も良く知られている(小林・真山,1981;上山・小林,1986;渡辺ほか,2005など).

引用文献


沿岸の環境指標としての珪藻

環境指標種の導入

珪藻の淡水・汽水・海水生というグループ分けを利用し,地層が堆積した当時の塩分や海岸線の位置を推定する方法がある.この方法に最も早く気づいたのが,北欧の第四紀地質学者である.Halden,Lundquist,Thomassonといった研究者らは,最終氷期最大海面低下期以降におけるバルト海の塩分変化を1920年代に復元している.彼ら以降,Kolbe(1927)のハロビオンシステムを利用して過去の沿岸湖沼の塩分を復元する研究が欧米を中心に盛んに行われた.このハルビオンシステムとそれ以降に発表された古典的な生態情報(Hustedt,1937-39; Lowe,1974)は,Vos and de Wolf (1990)によってまとめられている.日本はこのような研究の流れに乗り遅れ,沿岸古環境の復元が盛んになるのは1960年代以降である(Hasegawa 1976など).
1960年代以降,ハロビオンシステムに基づいて行ってきた日本の研究に変化が現れるのは,鹿島(1986),小杉(1988)によって環境指標種が導入される1980年代中期以降である.沿岸堆積物中の珪藻化石を観察していると,ある特定の種が多く産出することがある.小杉(1988)は,この特定の種の生態情報を現生の調査により詳しく知り,古環境解析の精度を上げようとした.その結果,沿岸性珪藻を外洋指標種群,海水砂質干潟指標種群などの8種群に分けることに成功し,さらにそれらを用いて縄文海進期以降の海岸線の移動を詳細に復元した(小杉,1989).また,安藤(1990)は淡水域の生態調査を行い,そこに生育する珪藻を高層湿原指標種群などの8種群に分け,陸域の古環境復元を行った.これらの環境指標種の設定とそれを用いた古環境解析は,日本特有の研究傾向である.それは,ヨーロッパの研究者が塩分の復元や海成層の認定に珪藻を用いたのに対し,日本人研究者は「縄文中期以降に形成されたデルタの埋積過程を復元する」という明確な目的を持っていたためと思われる.安藤(1990),小杉(1988)以降,彼らの設定した環境指標種群は,縄文中期海進期やそれ以降の海岸線の位置,相対的海水準高度,海成層の上限(Holocene marine limit;前田ほか,1982,1994; Sato et al.,2001)を求めるのに用いられるようになった(川瀬,1998;小杉,1988;大平,1995;大平・海津,1999;Sawai, 2001;Sawai et al., 2002;澤井・三塩,1998).
小杉らの研究は,環境指標種を導入することにより,それまで種名の羅列になりがちであった珪藻化石の解釈に,具体的な地理環境名をつけることを可能にした.このことにより,専門外の研究者に珪藻が理解されやすくなり,珪藻化石群集から過去の環境を読み取る手法(珪藻分析:Diatom analysis)を第四紀学に浸透させる原動力となった.

塩性湿地に生育する珪藻とその指標性

塩性湿地の珪藻を用いて沿岸環境を復元しようとする試みは,1990年代から欧米において盛んになった.南北アメリカ大陸やヨーロッパ北部では沿岸環境が未開発のまま残されており,そこに生育する植物類を応用した古環境の復元も自然と発展していったようである.現在の日本では塩性湿地環境が非常に少ないが,本来の海岸は塩性湿地が優占していたはずである.塩性湿地の珪藻を用いた研究は,小杉らの環境指標種で説明できなかった部分を補い,古環境解析の精度を上げることができる.
塩性湿地環境は,優占する維管束植物類によって高位,中位,低位塩性湿地に分けられ,一般的に珪藻もこの植生帯に対応するように分布している.北海道東部に分布する塩性湿地環境では1m以下の高度変化で維管束植物・珪藻のフロラが変化することが知られており,それらを用いることによって詳細な海水準変動の復元に成功している(Sawai et al., 2004a).塩性湿地に珪藻を用いることにより,それまでは数mオーダーの海水準変動や古地理環境しか復元できなかったのに対し,1m以下のオーダーで海水準を復元することが場合によっては可能となったのである.


沿岸の珪藻を用いた定量的な古海水準・古環境復元

北海道東部太平洋沿岸では,塩性湿地に生育する珪藻をtransfer function法に適用し,海溝型地震に関係した海岸の沈降・隆起過程を復元している(Sawai et al., 2004a).北海道東部太平洋沿岸では,千島海溝南部で発生する連動型地震(Nanayama et al., 2003)に伴った津波が,大量の土砂を沿岸域に運搬する.この津波堆積物の直上と直下における珪藻化石の群集変化を明らかにし,連動型地震が発生する前と後の海水準変動を定量的に求めた.海水準の上下動はそれぞれ地面の沈降・隆起によって発生したと考えられたため,地震の前と後の地殻変動を知ることができた.


珪藻化石の群集変化をグラフ化したもの. 北海道浜中町 の藻散布(もちりっぷ)から得られた試料の例.

図は,17世紀に発生した連動型地震により運搬された津波堆積物の前後における珪藻化石群集変化の一例である.特徴的なのは,津波堆積物より下では時間と共に干潟〜低位塩性湿地に生育する珪藻Navicula digitoradiataTryblionella granulataが徐々に増加していくのに対し,津波堆積物より上ではそれらが減少していくことである.この群集変化をtransfer function法によって標高変化へと変換すると,標高の顕著な変化を認めることができる.17世紀に発生した連動型地震の前に海岸は沈降し,地震の後にゆっくりと隆起する.このゆっくりとした隆起過程は,地震発生帯より深部の断層運動によって説明されている(Sawai et al., 2004a).第四紀学における珪藻化石の研究は,場合によっては過去の断層運動の推定にも貢献することができるのである.


堆積物(左の写真)に含まれる珪藻化石(中央の図)から,海岸の標高の時間変化(右図)を推定した結果.珪藻化石の変化から,海岸がゆっくりと隆起したことが明らかとなった

引用文献