自己像追加による視線理解の変化

森川 治、橋本亮一、山下樹里

独立行政法人 産業技術総合研究所 人間福祉医工学研究部門

(〒305-8566 つくば市東1-1-1中央第6, {morikawa.osamu|hashimoto-r| yamashita-juli}@aist.go.jp)


概要 多くの研究では、”ビデオ対話においてもアイコンタクトは必要”とする暗黙の仮定があるように思える。本報告では、自己像を追加することにより、アイコンタクトが成立しなくても、ビデオ対話に支障がないことを実験により示す。対話相手が画面上の自己像を見ることが、対面対話におけるアイコンタクトと同様に作用し、対話相手が自分に注意を払っていると感じ取れるためである。対話者双方の映像を、画面上での相対位置関係RPAR (Relative Positioning of self reflections Among other Reflections)が理解可能な形で呈示することが重要である。


Self Reflection on the Screen Makes Partner's Gaze Significant

Osamu MORIKAWA , Ryoichi HASHIMOTO and Juli YAMASHITA

Abstract: Most studies on video conferencing systems are based on a tacit, commonly believed, but never examined hypothesis: "Eye contacts are essential in smooth video conversations as well as in face to face conversations." This paper reports the experiments which prove that eye contacts are NOT essential but that they are very naturally compensated if the system displays the communicator's self image as well as his/her partner's on the same screen. Even if the eye contacts are lacked, the communicators still perfectly express their interests on their partners by configuring their images gazing at those of the partners' on the screen, which are naturally and correctly understood by the partners. The key is to provide the commonly understood RPAR (the Relative Positioning of self reflections Among other Reflections) so that their body languages can be significant.


1.はじめに

 テレビ電話やビデオ会議システムは、実用化され一部で使用されてはいるが、疲れる、緊張するなどと言われ、あまり普及していない。その理由として、映像が対話者間で分断されることで、身振りなどのボディランゲージが意味を失うためと考えられる。その中でも対話に重要な役割を果している視線問題は大きな話題のひとつであり、多くの研究が行われている[1]-[15]。それらの中には、ゲイズアウェアネスやアイコンタクトを人工的に再現することを試みる研究も多くある。

 筆者らは、たとえ対面対話を模倣しなくてもボディランゲージが再び意味を持つような形で映像呈示することで、ビデオ対話の問題点を克服できると考え超鏡[15]を提案した。本報告では、従来の研究では快適なビデオ対話に必要不可欠とされているアイコンタクトが無くても、自己像の存在によりそれを補えること、および、そのメカニズムとして自己像の有無によって対話相手の視線の意味理解が変化することを実験により検証する。

図1、ビデオ経由では伝わらない非言語情報

2.ビデオ対話での視線と関連研究

 対面対話では、相手を見れば、相手と目が合う。つまり「相手と目が合う」ということは、「相手が自分を見ている」ということを意味する。そのため、「相手が自分に注意を向けている」と感じる。逆に、相手が「自分の隣の人や事物を見る」と、「相手と目が合わずに、左右に視線のずれた顔を見る」ことになる。つまり「相手と目が合わない」ということは、「相手が自分以外を見ている」ということを意味する。

 対面対話において、この感じ方はほぼ正しく、対話者が意識するしないに関わらず、対話者は相手がこの感じ方をすることを前提に行動している。例えば、相手の話を聞いている最中に、時計をチラッと見るという行為は、話し手に話題の終結を促したり、話者交代を促したりする効果を発揮している(図1左)。

 Argyle & Dean は、アイコンタクトの機能として、接近と回避の機能をあげている[16]。アイコンタクトを取ることにより、対話相手との心理距離を縮めることができるが、度を越すと相手を威嚇してしまい、心理的距離を引き離す効果もあるという意味である。そのため、適切なアイコンタクトの量が存在すると主張している。さらに彼らは、対話者間の空間距離と視線行動の関係を調べる実験を行い、人と人との親密性には一定の均衡水準があり、人はその水準を保つように行動するという親和葛藤理論(affiliative conflict theory)を提唱している。すなわち、空間距離が接近すればアイコンタクトの量が減少し、空間距離が拡大すればアイコンタクトの量が増大する。

 ビデオ対話においてアイコンタクトを人工的に再現する試みとして、ハーフミラーを使用したミーティングシアタ[4]やClearBoard [5]、特殊なスクリーンを使用したMAJIC[6]や文殊の知恵システム[7]、スクリーン上に小型カメラを配置するAgora[8]システム等がある。動画像でなく静止画を使うことにより、視線情報を再現するアプローチもある[6][10]-[13]。CG画像の視線を対話者の視線の代用としたFREDシステム[14]もある。そこには「ビデオ対話ではアイコンタクトが必要で、そのため正面顔が好まれる」という暗黙の仮定があるように思える。

 対面対話では自分が動くと、視界に入る映像は変化する(運動視差)が、ビデオ対話では、カメラ位置と話し手との位置関係により映像が決まるため、自分が動いても視界に入る映像に変化はない。一方、人間には、自分の動きによって変化した視界の変化量をキャンセルして理解するメカニズムが備わっている。そのため、自分が左右に移動したにも係らず対話相手の映像に変化が現れないと、逆に静止しているはずの対話相手の空間も自分の動きに呼応して動いたと感じてしまう。

 このことは、対話相手は自分と同じ空間にいないということを我々に意識させる。もしこれが原因で対話者が、相手との空間距離を遠く感じるのであれば、Argyleらの親和葛藤理論により、ビデオ対話ではアイコンタクトを対面対話以上に必要とすることになる。さらに、異なる空間、異なる座標系にいる対話者間の見かけの相対位置関係は、偶発的なものであって、意味ある情報とは考えられない。すなわち、視線のような、対話相手の空間で発せられて、自分の空間の事物(自分)を指示する情報は、ビデオ対話空間においてナンセンスな情報ということもできる(図1右)。

 これを意味のある情報とするためには、対話者の動きを制限する等の工夫が必要である。実際、アイコンタクトを実現する多くのビデオ対話システムでは、利用者はカメラの正面に座る形式であり、動きを制約することで目的を達成していることがわかる。しかし、現在の画像分解能では問題が生じなくても、将来映像が高精細になれば、いずれ、カメラと対話相手の顔の表示位置の些細なずれが気になり、完全にこれらが一致しない限り、アイコンタクトは成立しないことになる。つまり、これらの解決策は、もともと座標系の異なる別空間を結ぶ、視線といった相対位置情報に意味を持たせようとした点で、原理的に無理のある解決策と言えなくもない。

 視線といった異なる座標系にまたがるような情報を対話に利用するには、対話相手を実空間の座標系に完璧に表示するか、自分が対話相手と同じ座標系に移行するしか根本的な解決策はないように思える。自己像を表示するHyperMirror[15], MIC - Explolation Space[17], Reflection[18], Alive[19] は後者の解決策を選択したシステムといえる。

図1、ビデオ経由では伝わらない非言語情報


図2、超鏡対話例と超鏡システムの結線図

3.超鏡(HyperMirror)

 電話では音声しか伝わらないことから、物理的世界の共有ができないことはすぐわかる。そこで、音声だけの別世界が心理的に形成され、その別世界を共有することにより、対話が成立する。そして音声情報には話し手、聞き手によらずに同一の音情報に接するという対称性があり、共に同じ音の世界に身を置くことが自然にできる。さらに音しか伝わらないことから、対話は音の世界が全てになり、音の世界が完結性を持つことになる。この完結した別世界を共有する感覚が快適であり、電話が人々に受け入れられたと考えられる。

 超鏡(HyperMirror)も電話と同様に、実空間とは別の、映像と音による対話の為の仮想空間である(図2)。対面対話を模倣した対話方式ではない。超鏡では、各地で撮影した映像から1枚の合成映像(超鏡画面)を作り、それを用いて対話する。対話画面上での自己像と対話相手を含む全ての事物との相対位置関係(Relative Positioning of self reflections Among other Reflections :RPARと呼ぶ)が生成され対話に有効利用できる。

 超鏡対話空間を具現化するシステムを「超鏡対話システム」と呼び、画像合成手法や表示方法によりいろいろなシステムが存在する。

 超鏡空間では、対話者全員が同一の映像を用いて対話を行う。我々はこれを、WYSIWIS (what you see is what I see )ではなくWISIWYS (what I see is what you see) と呼ぶ。それは、自分の見ている映像 what I see が超鏡対話では重要であり、「自分の見ている映像を相手も見ている」と捉えるからである。これにより、対話相手に伝わる映像を常にモニタでき、伝えたい映像を対話相手からのフィードバック無しに作り出すことができる。

 対話に利用する映像は、各地にいる対話者全員が、あたかも同室にいるような様子を、鏡に映した内容である。対話者が物理的に同室にいるか否かに係わらず、画面上では等質となって表示される。超鏡映像は対話仲間が、同一空間に存在する感覚を提供する。対話者が、対話者間の空間距離をRPARから読み取れば、Argyleらの親和葛藤理論により、対話者はアイコンタクトをあまり取らなくても対話相手との心理的距離を一定に保つことが可能になるはずである。

図3、実験室の配置。超鏡条件(H)ではスクリーン上の右側に自己像を、左側に刺激ビデオを表示する。

4.実験1:自己像による視線解釈の影響の計測

 森川ら[20]は、超鏡対話における対話者の配置と話しやすさの関係を、カメラと立ち位置の関係を変化させて計測し、対話者が画面上で内向きの時に話しやすいと感じることを確認している。超鏡対話では、正面顔よりも、少し横にずれた斜め横顔を好むという結果である。これは、従来の暗黙の仮定、すなわち、「ビデオ対話では正面顔が好まれる」に反する内容である。

 原因として、超鏡では自己像が表示されることによりRPARが生じ、RPARを対話に有効利用することにより、アイコンタクトの必要性が減少し、さらに対話相手の視線の解釈が変化したためと考えられる。そこで同じ刺激映像に対し、RPARの有無およびRPARの生成方法の違いによる視線解釈への影響を計測した。

実験装置

 被験者の前方360cmにスクリーン、カメラを、後方はクロマキー合成の為に青いカーテンを設置する。スクリーンは縦200cm、横190cmの大きさで、刺激映像は床面から90cmの高さにプロジェクタにより縦90cm、横120cmの大きさに、実験者の映像がスクリーン中央になるように投影する。カメラはスクリーン中央から105 cm 右側、高さ150cmの位置に配置する(図3)。

 画面上では刺激ビデオの実験者と被験者が同じ大きさ、同じ高さに表示されるようにカメラの拡大率・アングルを調整する。カメラおよびスクリーンの精度はNTSCのテレビ信号レベルである。カメラで撮影されたビデオ信号は刺激映像とクロマキー合成装置により合成して表示する。

刺激ビデオ映像

 刺激ビデオ映像は、実験者がカメラおよびカメラの左右30度の位置にいる仮想の対話相手に話しかける映像とした。実験ではこの刺激映像をビデオテープに記録して使用した。

表示条件

 スクリーン中央に実験者の映像だけを表示するRPARの無いビデオ条件(V)、左側に自己像を追加してRPARを発生させる正像条件(O)、右側に自己像の鏡像を追加表示してRPARを発生させる超鏡条件(H)の3種類を用意した。

被験者

 20歳代から50歳代までの超鏡対話の経験者男女16名(内女性9名)である。

実験手順

 被験者はスクリーン上の実験者の映像を見て、話しかけている相手が自分(S:self)であると感じる度合い、画面に現れない他の人(A:Another)に話しかけていると感じる度合いを、それぞれ+3:「話しかけられている」〜−3:「話しかけられていない」までの7段階評価で主観評価する。さらに超鏡条件H,正像条件Oの2条件では、画面上に自己像が表示されるので、その自己像(SS:Self image on Screen)に対して話しかけていると感じる度合いを同じく7段階評価で主観評価する。実験終了後に、感想を自由に述べる。

結果

 実験結果を図4に示す。RPARのある超鏡条件H、正像条件Oでは内向きの刺激映像に対し、別人への呼びかけ(A)の評価が減少し、自分への呼びかけ(S)が増大している。ステューデントのt検定を行ったところ、別人への呼びかけ(A)の評価において、V-H間(t(15)=3.44, p<.01)、 V-O間(t(15)=3.13, p<.01)それぞれで、危険率1%以下で有意差が認められた。

 画面上に追加した自己像(SS)に対しての評価は、内向き条件だけプラスであった。これは、実空間の自分に対し、ビデオ条件Vで正面顔だけが高得点を取った傾向と似ている。超鏡条件H、正像条件Oでは、正面顔の場合は実空間の自分(S)だけがプラスの評価、内向き刺激では(S)だけでなく画面上の自分(SS)もプラスの評価を得ている。

 相手が自己像SSの方を向かない正面顔の場合と外向きの刺激の場合、自己像の追加による影響はあまりない。画面上の自己像SSへの呼びかけと感じる評価も2条件とも低くなっている。

図4、実験1の結果。話しかけられていると感じる度合い。他人(A)、自分(S)、画面上の自己像(SS)

考察

 RPARが発生しないビデオ条件Vでは、正面顔でない限り、自分Sへの呼びかけと感じることはないが、RPARが発生する超鏡条件H、正像条件Oでは、正面顔と画面上の自己像の方を向いている内向き条件の双方で自分Sへの呼びかけと感じることが判った。

 画面上に追加した自己像SSに対しての呼びかけと感じるのは自己像の方を話し手が向いている内向き条件だけである。

 超鏡条件Hでは、正面顔の場合は実空間の自分Sだけがプラスの評価、内向き条件では画面上の自分SSだけでなく実空間の自分Sもプラスの評価を得ている。正像条件Oでも同様な傾向が見られるが、内向き条件で実空間の自分Sへの評価値の増大は超鏡条件Hほど顕著ではない。

 ある被験者の内観報告によれば、正像条件Oでは、画面上の自己像SSと実空間の自分Sを分離するのが容易で回答時に混乱は無かったが、超鏡条件Hでは、両者を一体化して感じるので、これらを分離して評価するのが大変であったとある。この内観報告は、実空間の自分への評価の、正像条件Oと超鏡条件Hの差異を説明する内容と言える。

図5、被験者用実験室の様子


図6、被験者側のスクリーン(超鏡条件Hでの正面顔F)と、合成前の映像。背景を含めて被験者と実験者が一緒にいるような映像。

5.実験2:背景による視線解釈の影響の計測

 前実験では、超鏡画面と同じように、対話者全員が同じ空間にいるような映像であった。また、被験者は全員、超鏡対話の経験者であった。そのため、超鏡対話経験の影響を否定することはできない。前実験での効果が超鏡独自のものではなく、より一般的な現象であることを示すために、別々の場所にいる対話者の映像を単純に並べてRPARを発生させる表示条件(マルチウインドウ条件M)を加え、超鏡対話の未経験者を被験者とする実験をした。

実験装置

 体験用と実験用の2種類のビデオ対話システムを用意した。体験用のビデオ対話システムは、20型の液晶テレビとその上部に配置した小型カメラにより構成した。

 実験用のビデオ対話システムの被験者側は前実験と同じカメラとスクリーンを使用した。また、被験者の撮影位置はカメラから380cmとし、そこに高さ調節できる回転椅子を配置した(図5)。

 実験者側にも被験者と同じ仕様のスクリーンとカメラを配置した。ただしカメラは、被験者側ではスクリーン右に配置したのに対し、実験者側ではスクリーン左に配置した。これは、斜め顔になる場合「被験者側を向いた斜め顔」が映るようにするためである。さらに、正面顔(カメラ目線)での対話条件のために、カメラ下に20型の液晶テレビを配置し、そこに被験者の映像を表示した。すなわち実験者は、スクリーン上の被験者を見て対話する場合と液晶テレビ上の被験者を見て対話することにより、視線条件を制御した。

刺激ビデオ映像

 被験者が超鏡対話の未経験者である事を考慮し、ビデオテープでなく実験者との対話とした。

表示条件

 画面上に対話相手だけが映るビデオ条件(V)、マルチウインドウ条件(M)、背景を同一にする超鏡条件(H)の3種類とした。実験者の視線は、カメラ目線の場合と、画面上の被験者を見る目線の場合の2条件とした。

被験者

 10歳代から50歳代までの男女15名(内女性5名)のビデオ対話、超鏡対話の未経験者である。

実験手順

 はじめにカメラと液晶テレビにより構成した体験用のビデオ対話システムを使って、実験者との対話を5分程体験する。

 その後、被験者は、実験室後方のブルーのカーテン前に設置してある回転椅子に座り、実験者と同じ目線になるように椅子の高さを調整する。

 スクリーン上には6通り(表示方法3種類×実験者の視線2種類)を、予め設定した順序に従い変更しながら表示する。各条件毎に1−2分程度対話し、その対話条件に対する「話しやすさ」と「対話相手と一緒にいる感じ」を、初めに体験した従来のビデオ対話システムと比較して、「+3:非常に増加した」、「+2:増加した」、「+1:少し増加した」、「0:変化なし」、「−1:少し減少した」、「−2:減少した」、「−3:非常に減少した」の7段階で評価する。さらに、対話環境としての自然さ、総合的に評価したときの好き嫌いを、+3から−3での7段階で評価する。

図7、実験2の結果。

 たとえばある条件で被験者が、はじめのビデオ対話システムよりは画面上の相手と一緒にいる感じはするが、自分の姿を見て話すことに拒絶反応を示した場合、一緒にいる感じの評価は高いが、他の項目は低い評価値をとることになる。

 被験者は実験終了後に、自由に感想を述べる。

結果

 実験結果を図7に示す。対話相手の映像だけを見て対話する従来のビデオ条件(VF:ビデオ条件・正面顔と、VP:ビデオ条件・斜め顔)では、4種類の評価項目いずれも、正面顔が高い評価を得ている。これは、従来の研究での仮説「ビデオ対話においては、正面顔が好まれる」を支持する実験結果である。なお、ステューデントのt検定を行ったところ、危険率5%以下で「一緒にいる感じ」の評価値で有意差が認められた(t(14)=2.40 p<.05)。

 しかし一方、自己像を表示するマルチウインドウ条件MF,MPと、背景を同一にした超鏡条件HF,HPでは逆に、全ての評価項目が斜め顔の方が高い評価を得ている。ステューデントのt検定を行ったところ、危険率5%以下で超鏡条件Hにおける「自然さ」の評価値で有意差が認められた(t(14)=2.76,p<.05).。

考察

 実験1と実験2では評価項目が異なるので、直接結果を比較することはできないが、両方の評価項目には強い関連があり比較には意味がある。実験1と同様にRPARが発生しないビデオ条件Vでは、斜め顔では、実験者が自分と話している感じがしないため、実験者との心理的距離が遠くなり、一緒にいる感じの評価値が減少したといえる。自己像を表示してRPARが発生するマルチウインドウ条件M、超鏡条件Hにおいては、斜め顔Pは実験1の内向き条件に相当するため、被験者への話しかけと感じることとなり、4つの評価値は減少しなかったと解釈できる。

 すなわち、RPARが発生すると、超鏡対話未経験者でも、画面上の対話相手の視線に対する認識に変化が起こることが示唆される結果である。RPARが発生する2条件で、実験者と被験者の画面内での相対位置関係は等しい。しかし、その効果は、単純に並置したマルチウインドウ条件Mよりも、単一背景にした超鏡条件Hのほうが強く表れている。

 一部の被験者ではあるが、マルチウインドウ条件M、超鏡条件Hにおいて、実験者の視線が正面顔から斜め顔に変化した瞬間に、被験者自身の身体映像が実験者側を向くように椅子を回転させる行為が観察された。図8は、被験者が椅子を回転した直後の写真である。これは、被験者が対話画面をRPARが利用できる「新しい対話空間」として認識したことの傍証と考える。

 実験終了後、実験に協力頂いた被験者に同伴者がいる方には、実験者側の入室も許可し、同伴者を含めて対話を楽しんでもらった。ビデオ条件Vの時には「見えてる?」「見えてるよ」という対話が何度となく交わされたが、自己像が表示されるマルチウインドウ条件Mや超鏡条件Hでは、そのような会話は一度も交わされなかった。逆に、お互い画面を見ながら微笑んでいるだけで、全く言葉を交わさない場面も観察された。これも、対話者がRPARを対話に利用した結果と言える。

図8、実験者が斜め顔に変化した直後、被験者も椅子を回転して斜め顔になった場面(マルチウインドウ条件Mでの斜め顔P)。実験者と被験者の背景は別々のため、画面上で隣りに写っていても、別の場所にいることは明らか。

6.考察

2つの実験により、超鏡対話の経験の有無に係らず、自己像を追加したビデオ対話環境では、RPARが利用できる新しい対話空間の生成が確認された。

 ビデオ対話では、対話相手に見えている周囲のものは、自分には見えない。このことも、対話相手が別の場所にいると感じる原因になる。対話相手が何を見ているのかといったゲイズアウェアネスが正しく伝わらない。このような対話環境では、自分に注意を払っているかどうか、すなわち、正面顔でアイコンタクトが取れることは対話を成立させるための必要最低限の要求と言える。これが従来のビデオ対話で利用者は正面顔での対話を望むと考えられていた論拠と言える。

 一方、自己像が表示されるマルチウインドウ条件Mや背景も同一にした超鏡条件Hは、自己像を見るという点で、対面対話と異なる。しかしRPARが発生するため、画面上での対話相手との空間距離が認識され、親和葛藤理論により、アイコンタクトの必要性が軽減される。またRPARにより、実質的に対話相手と自分の2者の対話であっても、3者の対話と同様な認知メカニズムが機能する。すなわち対話相手の正面顔でない斜め顔を見た場合、「自分に注意を向けていない」と感じるだけではなく、「画面上に表示されているもう一人の対話者(実は自分)に注意を向けている」と感じることになる。画面上に表示されているもう一人の対話者が自分だと感じれば、斜め顔でアイコンタクトが取れなくても(結果的に)「自分に注意を向けている」と感じることになる。

 約5年間にわたる超鏡対話に対する利用者アンケートの中に、この解釈を支持する次のような内観報告があった。

・ 画面上に映っている正面顔の対話相手を見ると、画面上にいる自分へではなく、実物の自分に相手は話かけている気がする。もはや、超鏡対話ではなくなってしまう。

・ 超鏡対話では、実空間でお互いの眼と眼があった瞬間の感じは味わえないが、だからといって対話できないとは感じない。

 ここで大事なことは、同一画面に自己像を単に表示することではなく、RPARが対話に意味あるものとして対話者が認識する点である。多くのビデオ対話システムに備わっている、画面上に自己像を縮小して表示するという機能(PIP: Picture In Picture)を使っただけでは、残念ながら、今回のような結果は得られないであろう。PIPでは、お互いの画面上でのサイズが異なり、背景も異なるため、同一空間に一緒にいる感覚は期待できない。さらに、対話相手のモニタ上のどの位置に自己像が縮小表示されているかわからないため、RPARを対話に利用しにくい。RPARが対話に意味あるものとして対話者が認識しなければ、対話相手との心理的空間距離は遠いままであり、親和葛藤理論によるアイコンタクトの必要性軽減の恩恵にあずかれない。

 一方、石井ら[21]らによれば、PIP表示する場合と比べて、対話者の上半身の身体動作を忠実に再現する人型キャラクタであるVirtual Actor(VA)を対話者の代役となるように、画面上に重畳表示することにより、対話の楽しさや対話し易さの官能評価値が増大することが報告されている(図9)。これも、VAが自分の代理だと感じればそこに対話に利用できるRPARが発生し、対話相手が斜め顔のためアイコンタクトが取れなくても(結果的に)「自分に注意を向けている」と感じるという本実験結果と同じ理由と言える。

図9、VirtualActorを画面上に重畳表示することによりRPARを対話に利用可能にした例(文献[21]より転載)

7.おわりに

 ビデオ対話環境は対面対話といろいろな面で違いがある。その違いが対話を阻害するのであれば改善が必要であるが、対面対話を模倣することだけが改善の方法ではない。

 本報告では、ビデオ対話において自己像を表示することにより、対話相手との正面顔によるアイコンタクトは成立しなくても、自然な対話が成立することを実験を通して確認した。対面対話時にアイコンタクトにより得られていた対話を進めるうえで有効な情報は、RPARで代用できると考えられる。

 もちろん、完全に代用できるわけではないが、日常会話の多くや、多くの共同作業においては、この代用で十分機能すると本実験は示唆している。

 超鏡ではさらに、背景映像も同一にすることにより、対話相手との一体感を増加させ、ビデオ対話が対面対話とは異なる「新しい対話空間」として認識されることを促進していると言える。

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