岩石の破砕にともなう色の変化

by Isoji MIYAGI @ Geological Survey of Japan, AIST

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作成日:2008年4月24日 木曜日
文責:宮城磯治

目次

はじめに

露頭における火砕物の色調は,火砕物の粒度組成や構成物とならんで,その火砕物を同定するための重要な情報である.火山灰や軽石などの降下火砕物を放出する爆発的な火山活動では,火道周囲の岩石が破砕されて火砕物に混入する.そのため火砕物の色調を理解するためには,マグマ由来の物質については当然だが,マグマ以外に由来する岩石が破砕されて生じる粉体の色調に関する知識も,欠かすことができない.

岩石を素材にした彫刻作品を手がけている岩崎氏によれば,茨城県真壁産出の花崗岩を彫ったり削ったりしたときに発生する石の粉の色は薄茶色であって,削る前の岩石の色と合わない.また,この粉が雨水などに浸ると,その水をすぐ茶色く濁らせる.その一方で,元の石の窪んだ部分に雨水がたまっても,その水は茶色くは濁らない.

そこで,この原因を調べることを通じて,爆発的な火山噴火の際に火道周囲の岩石が破砕されて生じる粉体の色調に関する理解を深めたい.

一般に,石の色と,石の粉の色とは,必ずしも一致しない.例えば条痕板に鉱物をこすりつけて生じた鉱物の粉の色は,粉になる前の鉱物の色とはかなり違うことがある.特に,不透明鉱物でこの傾向が顕著である.また,色ガラスのように均質で透明な物質であっても,その粉末は,粒度によって,色が異なって見える.とはいえ「茶色」や「薄茶色」といっても様々な色があるように,色を言葉だけで表現するのは困難であるから,この問題にアプローチするためには,まず色を定量的に評価する必要がある.また,そもそも破砕前の岩石とその石の粉とで本当に色が異なるかどうかも,確認する必要がある.そこで岩崎氏にその岩石および石の粉を送付していただき,色を測定した.

試料および測定法

岩崎氏から譲り受けた試料は二種類である.ひとつは岩崎氏が掘削機(#20〜#30の粒度)によって粉砕したものであり,これをKIIM2008_0422aと名付ける(以後単に「粉」).もうひとつの試料は破砕前のおなじ花崗岩であり,これをKIIM2008_0422bとする(以後単に「石」).

この石の正確な採取地点は不明だが,茨城県真壁地区の採石場からとった物であることはわかっている.地質調査所の5万分の1地質図幅「真壁地域の地質」と照らしあわせたうえで推測すると,この花崗岩は加波山の黒雲母花崗岩か白雲母含有黒雲母花崗岩と思われる.後者の白雲母は斜長石のうちアノーサイト成分に富んだ部分を交代したものであるから,基本的に黒雲母花崗岩だと考えてよく,実体顕微鏡による検鏡結果とも合う.

まず,色の測定のため約1グラムの粉をとりわけた.これに直接センサー窓をあてることにより粉の色を測定した.また,石の表面の色測定の際には,測定窓に傷がつくのを嫌って,厚み0.08mmの使い捨てポリフィルムをはさんで測定した(標準物質も同様に測定).色の測定装置は,ミノルタ製 SPAD-503であった.色のデータを国際照明委員会(CIE) 1976年のL*a*b*色空間のa*b* 平面に投影した.L*,a*,b*はそれぞれ数値が大きいほど明るさ,赤み,黄色味が強く,逆に数値が小さいほど暗さ,緑味,青味が強いことを示す.

残った粉の全量は11.24グラムであった.これを超音波洗浄器で約30分かけて水洗した.この際,極細粒粒子の色を別途測定するため,水洗時の一回目のにごり水(蒸留水使用)を90度のオーブンで一昼夜かけて乾燥させた.水洗により,シルトサイズ以下の極細粒粒子は失なわれた.水洗前の乾燥重量と,水洗後の乾燥重量の差から,失なわれた極細粒粒子の重量は5.95グラムとわかる.さらにふるい分けにより,極細粒以上0.15mm以下の粒子は2.49グラム,0.15mm以上の粒子は2.82グラムとわかった.合計すると0.02グラム収支が合わないが,用いた電子天秤の最小目盛は0.01グラムであるから,この不一致は妥当である.

結果および考察

水洗された粉を実体顕微鏡で観察したところ,石英,長石,黒雲母が殆んどを占めることがわかった.不透明鉱物もごく少量含まれた.黒雲母の一部は緑泥石に変化していた.また,実体鏡で判定できなかった2つの鉱物(透明感のある薄青いもの,不透明な薄紅のもの)があるが,ごく微量なので粉の色には影響しないと思われる.実体顕微鏡による検鏡結果は,地質調査所の5万分の1地質図幅「真壁地域の地質」の記載と合う(石英,カリ長石,斜長石,黒雲母,微量の不透明鉱物,ジルコン,隣灰石,緑泥石,方解石).なお,この試料中の石英や斜長石には,基本的に着色が認められなかった.


A-b plot KIIM2008 0422.png

上の図のように,石の色と粉の色は異なり,粉はやや赤身がかった黄色であることがわかる.つまり,真壁産出の花崗岩を彫ったり削ったりしたときに発生する石の粉の色は,石の色とは異なることが明らかである.


比較のため,

  • アルミナ(Al2O3;白色)の粉にゲーサイト(黄がかった赤茶色)を混ぜていった時の色の変化傾向と,
  • アルミナにヘマタイト(赤〜赤茶色)を混ぜたときの変化,そして
  • 角閃石(黒っぽい青緑色)粉末を空気中で加熱した時の変化

を示す.

すると,真壁の花崗岩が粉になった時の色変化は,アルミナ粉にゲーサイトを混ぜたときのものとよく一致することがわかわかった.このことから即,ゲーサイトという鉱物が色の原因だとは言えない.単に,ゲーサイトの発色(鉄錆色)と類似したメカニズム(三価の鉄イオンと水酸基と酸素イオンの組み合せ?)をもつ成分が含まれる可能性が提示されただけである.

一方,この真壁の花崗岩が粉になった時の色変化は,角閃石を空気中あるいは真空中で加熱した際の色変化や,三宅島の2000年8月18日の火山灰を空気中で加熱した際に観察された色変化とは合わない.この色変化は,アルミナにヘマタイトを混ぜていった際の変化(三価の鉄イオンと酸素イオンの組み合せ?)と調和的であり,鉱物や火山灰中に含まれる二価と三価の鉄の存在比が,加熱にともなう酸化によって,三価の鉄を主体としたものに変化したものだと解釈されている.

作業仮説その1:

この石に含まれるやや粗粒な鉱物のうち,色に関与すると思われるものは黒雲母,緑泥石,そして不透明鉱物である.このうち,緑泥石は緑色で,一方観察された色は茶色であ色の変化方向が合わないから,候補から除外してよい.すると,粉砕され細粒になった黒雲母か,あるいは不透明鉱物が,色変化に関与した可能性がある.その場合,その鉱物は微粉になることによって,ゲーサイト的な発色を強めたことになる.よって,水洗時のにごり水を蒸発乾固した物について,色を測定することにより,この考えが検証できるかもしれない.

作業仮説その2:

ゲーサイトは花崗岩の風化で生じうる.風化変質によって生じた鉱物は,花崗岩を構成する鉱物の粒界に存在するのかもしれないが,黒雲母や不透明鉱物の周囲にへばり付いていたのでは,発色することはないだろう.岩石を破砕した際に生じたそれらが微粉となって他の粒子の表面に付着し,発色できたのかもしれない.この場合,微粉(水洗によって水に懸濁した粒子)にはより多くのゲーサイト色の鉱物が含まれることになる.水洗時のにごり水を蒸発乾固した物について,色を測定することにより,この考えが検証できるかもしれない.


蒸発乾固物

そこで,岩崎氏が掘削機によって粉砕した,茨城県真壁地区の採石場から採石された花崗岩(加波山の黒雲母花崗岩か白雲母含有黒雲母花崗岩と思われる),約11グラムに蒸留水を約350cc加え,超音波洗浄器で40分間振動させた後,約1分間静置した際に上にういた「にごり水」を,90℃で一昼夜かけて蒸発乾固させた.

乾固した粉末(右の写真)は,やや黄色みがかった赤茶色を呈した.この粉末の色を測定すると,水洗前の粉よりも黄色みと赤味が強いことがわかった.さらに,にごり水の蒸発乾固物の色は,このプロット上において,破砕前の石と水洗前の粉とを結ぶ直線の延長上に位置することがわかった.この直線は,アルミナ粉にゲーサイトを混ぜた際の色変化と調和的であり,この蒸発乾固物中に,ゲーサイト的な発色の原因となる物質が濃集したか,あるいは何らかの理由により発色の効率が高まったのだと考えられる.


蒸発乾固物の拡大(横幅1ミリ)

そこで,この蒸発乾固物を構成する粒子を実体顕微鏡で観察したところ(右の写真,無色透明の粒子と,葉片状で茶色〜虹色(光線の加減による)の二種類の粒子からほぼ成ることがわかった.茶色の粒子は黒雲母だと思われる.この石には雲母が多く含まれているのだから,それを粉砕した物に雲母が含まれるのは当然である.それ以外の無色透明の粒子は,石英や長石の粉だと思われる.したがって,「にごり水の蒸発乾固物」の中の主な色の要因は黒雲母だということになるり,上にのべた作業仮説その1が支持された.


しかしながら,破砕前の岩石に含まれる黒雲母は,ゲーサイトのように黄色みがかった赤茶色をしていない.そこで,黒雲母が微粉化された際にどのような色の変化を生じるかを調べた.具体的には,

  • 水洗後の粗粒な粒子の中から黒雲母の粒子だけを,実体顕微鏡下で手作業でより分け,
  • その雲母と,無色透明のガラス(サングラス製,スキフリットA)をメノウ乳鉢で微粉砕し(雲母濃度は3.7重量%),
  • ついでに,黒雲母をより分けたカス(まだBiが残っている)を微粉砕し
  • これらの微粉末の色を測定した


すると「黒雲母と無色透明ガラスの微粉末の色」の測定値は,このプロット上において,アルミナ粉にゲーサイトを混ぜた際の色変化の直線上に見事に乗った.さらに,「黒雲母をより分けたカス(まだ黒雲母が残っている)の微粉末の色」の値も,「破砕前の石の色」と「にごり水の乾固物の色」を結ぶ直線上に乗った.

結論

以上の観察により:

  1. 真壁産出の花崗岩を粉砕してできた粉「KIIM2008_0422a」がうす茶色になった原因は,この花崗岩に含まれる黒雲母の微粉末による着色のためだと考えられる.
  2. 真壁産出の花崗岩を粉砕してできた粉を雨水などに浸すとすぐに水を茶色く濁らせた原因は,葉片状の形態をもつ黒雲母の微粉末が水に懸濁しやすいためだと思われる.また,この際に水が「即座に」茶色く濁るという事は,水の濁りの原因が単に黒雲母の微粉末によるのであって,この岩石粉末の風化や酸化といった化学反応とは無関係であることを,示唆している.
  3. 真壁産出の花崗岩の窪んだ部分に雨水がたまっても,その水が茶色くは濁らない理由は,岩石を粉砕しなかったために,茶色い濁りの原因である黒雲母の微粉末が存在しなかったためだと考えられる.

本研究は,破砕された火成岩の色が,粒度によって大きく変化することを示した.また,アルミナにゲーサイトを加えた際の色変化と黒雲母微粉末による色変化とが合致することを示した.火砕物の色を評価する場合や,花崗岩の風化度を色に基いて判断するようなケースにおいては,この事を十分配慮しなければならないだろう.

今後は,黒雲母の化学組成や酸化還元状態が黒雲母粉末の色に与える影響や,黒雲母以外の濃色鉱物(角閃石・斜方輝石・不透明鉱物)や,濃色の石基ガラスが微粉化された際の色変化に関しても,同様の調査を行なう必要があるだろう.


謝辞

この仕事のきっかけは,千葉達郎さんが管理するインターネット上の掲示板「ある火山学者のひとりごと」に,彫刻家の岩崎幸之助氏が2008年04月13日 23時00分40秒に書き込んだ質問(投稿番号15548)です.掲示板を管理する千葉さん,および議論に参加してくださった「みきさん」,「かわべさん」,「大澤さん」(発言日時順)に感謝します.

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