研究紹介

トピック

  地球温暖化 緩和技術とその評価 (産総研TODAY特集号, 全ページ一括PDFはこちら
  CCS技術開発と評価−海洋におけるCO2隔離とその環境影響評価 (産総研TODAY特集号)
  ロンドン条約と二酸化炭素の海底下地層貯留について
  沿岸海域の富栄養化:リンの循環で見た有機汚濁
  東京湾の赤潮:堆積物は悪者か?
  底棲微細藻類:サンゴ礁の隠れた生産者
  ハワイでクルージング: NMR/Chemical Characterization Cruise at ALOHA
  Station ALOHAクルーズ・Port Aransas滞在アルバム
  2006年6月 白鳳丸KH-06-2航海

海洋におけるリンの循環過程に関する研究

リンは地球上のあらゆる生物にとって必須の元素である。生命の根元とも言える遺伝子はリン酸によって接続された核酸塩基の長大な二重螺旋,即ちDNAにより構成されている。リン脂質二重膜に包まれた個々の細胞内部でのエネルギー伝達はATPなどヌクレオチド類のリン酸化・脱リン酸化によって行われ,酵素(タンパク質)の機能・活性はリン酸化に制御される。また,動物の骨組織はリン酸カルシウムによって構成されている。リンの重要性は古くから認識されており,窒素,リン酸,カリと言えば大地の重要な栄養塩元素,作物の発育に欠かせない土壌成分として挙げれられている。海洋生態系においてもリンは重要な栄養塩元素であり,植物プランクトンによる光合成生産は窒素とリンにより制限・律速されていると考えられている。ただし,海洋全体の生物生産を考えた時,窒素とリンのどちらがより重要な制限因子であるかについては海洋学における一大論点として古くから議論されている。この問題については未だ決着を見ていないが,現時点で最も妥当な線として受け入れられている結論は

"海洋生態系は一般に窒素により生産が制限されている。しかし,ラン藻など一部の海洋生物が大気中の窒素を利用する能力,即ち窒素固定能を持っているため窒素は究極的な制限因子とはならない。地質学的年代スケールで見れば,河川からの供給量によって決定されるリンの利用性が海洋生態系を制限しているといえる"

といったところである。この問題に関連してCodispoti は次のような興味深い説を提唱している。

"窒素とリンのどちらが海洋の生物生産を制限しているのか?といった質問に対して,海洋生物学者は窒素と答えるし,また同じ質問に対して地球化学者はリンと答えるであろう"

Codispotiの説に従うと,前述の結論は生物学者と化学者の間での折衷案のようにも見える。このような窒素との比較論は別にしても,リンが海洋生物にとって重要な栄養塩元素である事実に変わりはない。1865年,海水中にリンが存在することが確認されて以来,特に赤潮や貧酸素水塊の発生など沿岸域の有機汚濁が深刻化した1950年代以降,あるいは地球規模での気候変動が問題となり海洋の生物生産活動が注目されるようになるにつれ,海洋生態系におけるリン研究は様々な空間・時間スケールにおいて取り組まれてきている。沿岸環境保全あるいは地球環境変動の予測技術向上のためには,今後より一層のデータの蓄積が要求されている。


海洋におけるCCS(二酸化炭素回収貯留)技術とその環境影響評価

 海洋は地球表面積の70 %を占め、海水中には大気CO2の50倍以上のCO2が溶け込んでいます。また海洋は人間活動により大気に放出されたCO2の30 %相当分を吸収・貯蔵していることが分かっています。CO2の海洋隔離(1,000〜3,000mの中深層への隔離)は、このように、きわめて大量のCO2を溶かし込むことができる海洋の能力を積極的に利用しようとする技術です。地中貯留技術では閉じられた空間にCO2を留め置くことを目的としているのに対し、中深層隔離は海洋といういわば開かれた空間を利用してCO2を長期間滞留させることにより大気CO2濃度の急激な増加を抑制する技術です。開かれた環境を直接利用する分、中深層隔離に対してはより厳密な環境影響評価が求められます。
中深層隔離ではCO2を海洋の中深層に広く薄く溶かし込むことによって海洋環境への影響を最小限にしますが、大規模で長期間にわたる事業を想定すると、海の炭素貯蔵能を支える生態系と物質循環過程への長期的な影響を適切に評価することが不可欠です。これまで、中深層はきわめて生物の少ない世界と考えられていましたが、実は細菌など種々の微生物群集が存在し、それらが海洋における有機物(炭素化合物)の再生や難分解化(貯蔵)に大きく貢献していることが分かってきました。また中深層は沈降粒子(炭酸カルシウムなど)の溶解の場としても重要です。私たちはCO2の注入に伴う海水のCO2濃度の増加及びpHの低下による物質循環過程(有機物の分解や粒子の溶解)への影響を評価するために、中深層の海水を採取し細菌の活性などを直接調べる実験や、深海の圧力を再現する特殊な高圧装置を用いた研究を行っています。
2007年11月、海洋環境の保全を目的とした国際的枠組(ロンドン条約1996年議定書)においてCO2海底下地層貯留の実施に向けたガイドラインが策定されました。その中で、地中から海水中にCO2が漏洩する可能性を考慮した環境影響評価の実施が規定されています。ここで得られた研究成果はCO2の中深層隔離技術にとどまらず、海底下地層貯留技術に対する事前評価の先導的研究としても重要な知見を提供します。


産総研 TODAY Vol.8, No. 1, p.14 (2008年1月), 特集 地球温暖化-緩和技術とその評価 より