研究内容


地形学をベースとした古地震学の研究を行っています.


古地震学とは,その名のとおり「古い地震」すなわち過去に生じた地震を取り扱う分野です.地形や地層に残された過去の地震の痕跡を見つけ,その地震がいつ,どこで,どれくらいの規模で生じたのかを解明することをめざし,調査・研究を行っています.特に地震を起こす断層そのものよりも,断層運動に伴って生じる諸現象(地盤の隆起・沈降,津波,斜面崩壊,液状化など)を対象としたオフ・フォールト古地震学と呼ばれる分野に興味を持っています.


1.旧汀線示標を用いたプレート間巨大地震に関する古地震学的研究

 旧汀線とは,かつて海面があった位置を示す痕跡のこと.例えば,波が打ち付ける岩礁では,最も頻繁に波の影響を受ける中潮位付近に,波食棚やノッチといった地形が形成されています.それが地震による急激な地盤の隆起によって持ち上げられると,波の影響を受けなくなるので,海面上に露出した状態で保存されます.そして地震後の海面に応じてまた新たな波食棚やノッチが形成され,階段状の地形となります.これが海岸段丘です.また,ちょうど中潮位付近の環境を好んで生息する生物の棲みかである貝殻などが,地盤の隆起・沈降で,海面より高い位置や低い位置にある場合も,旧汀線の良い示標となります.これらの高度と年代を調べることで,過去にプレート間で発生した巨大地震について,その地殻上下変動や発生年代,再来間隔について明らかにすることが出来ます.


次の関東地震はいつ来るか?
相模トラフ沿いの地震サイクルに関する変動地形学的研究

相模トラフ沿いで発生した1923年大正関東地震や1703年元禄関東地震といった歴史地震,またそれ以前の古地震について,房総半島,三浦半島沿岸や大磯丘陵南縁の海岸沿いを調査しております.


房総半島南部鳩山荘付近で見られる2段の離水地形

高位が1703年元禄関東地震において離水した段丘,低位が1923年大正関東地震において離水した段丘.元禄段丘の方が大きく,広い範囲で離水していることから,大正関東地震時より隆起が大きかったことがわかる.

 
三浦半島城ヶ島で見つかった2つのレベルの生物遺骸群集(ヤッコカンザシ Pomatoleios Kraussii

ヤッコカンザシはゴカイの仲間で,ちょうど中潮位付近の岩礁に固着して生息するため,その石灰質の棲管が海水準の指標としてよく用いられる.
低位のものは1923年大正関東地震に伴う約1.6mの隆起によって離水したと考えられる.高位のものは1703年元禄関東地震時に隆起・離水した可能性が高い.当時の隆起量は1.5m程度と見積もられ,三浦半島では2つの地震が同程度の隆起を伴っていたと推察される.



館山市西川名周辺の海岸段丘(写真提供:千葉県史料研究財団)と千倉町平磯付近の地形断面図

房総半島南部には過去にも地震でくり返し隆起してきた証拠が,海岸段丘として残されている.1703年元禄関東地震のような大きく隆起する地震で形成された広い面が4段.1923年大正関東地震のような比較的小さく隆起する地震で形成された幅狭い面がその間に数段ずつ発達している様子が確認できる.これらの離水年代を調べた結果,相模トラフ沿いでは,平均しておよそ400年間隔で大地震が生じていることが明らかになった.




くり返された巨大地震
2004年スマトラ沖地震(M9.1)で隆起・沈降したインド・アンダマン諸島

2004年スマトラ沖地震の3ヶ月後に,東京大学と共同で震源域北部のインド領アンダマン諸島へ調査に行きました.この地震による地殻変動によって島が隆起・沈降していたことがわかりました.


地震による隆起でサンゴ礁が干上がった衝撃の光景


マイクロアトールと呼ばれるサンゴ群集
頂面が低潮位に対応するので,海面変化を知る良い指標となる.

アンダマン諸島北西部のNorth Reef島では,島を取り囲むサンゴ礁が,地盤の隆起によって一斉に干上がっている様子が観察された.マイクロアトールと呼ばれるハマサンゴの仲間からなる円筒形のサンゴ群集は,その頂上面が低潮位に対応することから,隆起して干上がったマイクロアトールの高さを測ることで隆起量を推定することができる.調査の結果,この島は地震から3ヶ月後の時点で1.3mほど隆起していたことが明らかになった.また,2004年の地震で隆起する以前にすでに離水して化石となっていたマイクロアトールが,少なくとも5つのレベルで見つかり,過去にも2004年と同様の巨大地震がくり返し起きていたことがわかる.

アンダマン諸島における2004年スマトラ−アンダマン地震の地殻変動および津波調査
GRLに掲載された論文(Kayanne et al., 2007)のプレスリリース


2.津波堆積物を用いたプレート間巨大地震に関する古地震学的研究

 津波堆積物は,普段,静穏な環境にある沿岸の湿地や干潟,内湾の海底に,津波によって運ばれた砂や礫などが堆積し,保存されたものです.2004年スマトラ沖地震に伴う津波でも,多くの地点で観察されていました.陸上で津波堆積物の分布する範囲を調べると,過去の津波の遡上範囲を知ることができ,堆積物の年代を測ることで発生時期も推定できます.また,津波堆積物は互層となってくり返し積み重なっていることがあり,津波の襲来間隔も知ることができます.

平均300年間隔で襲う巨大津波
1960年チリ地震(M9.5)の震源域における津波堆積物調査

2003年よりチリ・バルパライソカトリック大学とアメリカ地質調査所などと共同で,1960年チリ地震の震源域にあたるチリ中南部沿岸において津波堆積物の調査を行っています.


 
チリ中南部マウジン近郊の塩性湿地でのトレンチ調査

津波堆積物と土壌との互層が観察される.右の写真で,表層が現在の土壌,その下の砂層が1960年チリ地震時に堆積した津波堆積物.その下の土壌が1960年当時の地表.さらにそれ以前に少なくとも2回の津波イベントが確認される.1960年の1回前の津波は,歴史上で知られる1575年の地震に対比される.この地域では1737年や1837年にも大地震が発生していたが,それらは堆積物に記録されておらず,1960年地震ほどの規模はなかったことがわかる.このほかにも数層の津波堆積物がみつかり,過去2000年間で1960年地震のような津波が合計8回生じていたことが明らかになった.再来間隔は平均すると約300年である.

Nature誌(Vol. 437)に公表された際のプレスリリース
チリ中南部における古地震・古津波調査−2003年,2004年調査報告−



日本三代実録に記された貞観の大津波
仙台・石巻平野における津波堆積物調査

2005年より,仙台・石巻平野において,宮城県沖地震に関連した津波堆積物調査を行っています.この地域は,大きな被害をもたらす津波はあまり知られていませんが,日本三代実録には貞観十一年(西暦869年)に大きな津波が襲ったことが記されています.


石巻平野渡波地区で見つかった貞観津波堆積物.
明灰色の層が十和田の火山灰層,,その下の灰色の薄層が津波堆積物

仙台・石巻平野において,表層の堆積物を調べると,泥炭質土壌の中に,十和田火山から飛んできた白色の火山灰層が挟まれ,そのすぐ下に薄い砂の層が挟まれていることがわかる.火山灰は西暦915年に噴火したものであることがわかっているので,砂層は貞観津波による堆積物と考えられる.現在のところ,この堆積物は仙台平野南部の山元町から石巻平野東部の石巻市渡波まで確認できており,当時の海岸線の位置から考えて,少なくとも3kmほど内陸まで遡上したと推定できる.


3.内陸活断層の活動履歴調査

 活断層研究センターの基幹となる研究の一つが活断層の活動履歴調査です.私は平成13年度と14年度に木曽山脈西縁断層帯を担当しました.おもにトレンチやピット掘削,地形測量など地形・地質調査に基づき,過去の活動時期や変位量を調べ,活動性の評価を行っております.
 また,2001年12月に,台湾中央地質調査所との共同研究として,1999年集集地震において活動した台湾の車籠埔断層について調査を行いました.

木曽山脈西縁断層帯・南木曽町下り谷地区でのトレンチ掘削調査

写真左側(西側)が段丘の上流にあたる.写真右半部にはフラワー状に数条の断層が分布し,段丘下流部(東側)を隆起させるように変位する.断層は黒土下部を明瞭に切っているが,黒土上部は変位していない.14C年代測定によれば,最新活動時期は約5,000〜約3,800cal yrs BPの可能性が高い.このほか2回のイベントが確認され,最新より1回前はAT(姶良Tn火山灰)降下以降,約11,000cal yrs BP以前,2回前はAT降下以前と推定された.

木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1)−馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査−
木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(2)−馬籠峠断層福根沢地区における地形・地質調査−


台湾・豊原地区におけるトレンチ調査

1999年集集地震で上下に2-3m変位した場所で掘削した.1回前の活動が検出され,その時期は1200-2000cal yr BPと推定できた.この結果は,車籠埔断層沿いの他の地点でのトレンチ調査結果よりも古く,間隔が長い.

台湾・車籠埔断層北部豊原地区における活動履歴調査

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