渡利広司+, B-C. リー*, L. ポテール*
(+ 産業技術総合研究所、*ピエール・マリー キュリー大学 光研究所 (フランス))
固体物質の熱伝導に関する研究は主として単結晶を対象に行われ、現在ダイヤモンド、C-BN、SiC、BeO、BP、AlN、Si、GaNの単結晶は室温で100W/m℃以上の高い熱伝導率を示すことが理論的及び実験的にも明らかにされ、これらの物質は高熱伝導材料として位置づけられている[1]。一方、産総研のグループは、高純度原料粉末の利用、効果的な焼結助剤の添加、粒子配向により100〜120 W/m℃[2,3]、さらには超高温焼成により155W/m℃の高熱伝導率を有するβ-Si3N4焼結体の作製に成功し、Si3N4が、高熱伝導材料であることを明らかにした。[4]。高熱伝導β-Si3N4焼結体は、β-Si3N4の理論熱伝導率の計算からの予測、単結晶の熱伝導率測定といった従来の単結晶を対象とした手法を踏まずに開発されたものであり、プロセッシングによる高機能セラミックスの開発の成功例である。高強度、高靭性、耐熱衝撃性、耐酸化性、高絶縁性等の優れた機械・熱・電気的特性を有するβ-Si3N4焼結体は高熱伝導性の付与により、今後従来から対象であった機械的構造部材の適用範囲の拡大と共に高放熱性基板材料や半導体製造装置部材への適用等の新しい分野への応用も進むと期待される。
一方、β-Si3N4焼結体の熱伝導機構の解明や高熱伝導率化を図る上で、今後β-Si3N4単結晶の熱伝導に関する情報はきわめて重要となる。しかしながら、既存の熱伝導率測定装置で計測可能なセンチメーターサイズの大きさを持つ高純度β-Si3N4単結晶の作製は非常に困難である。本解説では、光熱反射率顕微鏡を使用し、焼結体内のβ-Si3N4単結晶粒子の熱伝導率を測定した結果を報告する。
光熱反射率顕微分光法は、試料表面を強度変調したレーザー光で加熱することにより、試料表面の温度変化にもとづく反射率の変化(Thermoreflectance 以下TRと略す)をプローブレーザーで検出するもので、微小領域における試料の熱物性を評価できる測定法である。図1に光熱反射率顕微鏡の模式図を示す。装置は試料の観察、試料の加熱領域及び熱変化の観察領域の設定を行うための光学顕微鏡、試料を加熱する加熱部、試料表面上の熱分布を計測・解析する検出部で構成される。熱分布の検出分解能は、試料加熱及び検出用のレーザービームの変調周波数、スポットサイズやラスタースキャンのステップサイズ等によって決定する。今回測定に使用した装置はレーザービームの高性能化及び高倍率用光学顕微鏡の設置により、従来困難であった数μm領域の熱伝導を高い分解能で観察できる特徴を有する[5]。
α-Si3N4原料粉末にフラックス法で作製したβ-Si3N4単結晶粒子を5vol%、Y2O3助剤を5mass%加え、超高温HIPにより200MPaの窒素雰囲気下、2500℃で2時間焼成を行った。焼成後、試料の表面を研摩し、ケミカルエッチングにて粒界相を除去した。図2にケミカルエッチングした焼結体の研摩面を示す。添加したβ-Si3N4単結晶粒子が核となって成長した粗大な針状β-Si3N4単結晶粒子(長さ100μm, 太さ25μm)が観察される(黒矢印で示す)。この針状β-Si3N4粒子の長さ方向はβ-Si3N4の結晶c軸に対応し[6]、その垂直方向は便宜上β-Si3N4のa軸方向と仮定した。
ケミカルエッチングした試料を光学顕微鏡にセットし、図2で示した粗大なβ-Si3N4単結晶粒子の中心部に加熱レーザービーム(Ar+イオンレーザー)を照射した。尚、試料内部への熱波の侵入深さは照射する加熱ビームの変調周波数により決定されるので、測定するβ-Si3N4粒子半径の大きさ以下になるようにビームの周波数を設定した。試料表面の温度変化にもとづく反射率の変化を半導体レーザーでプローブし、検出したプローブ光をフォトダイオードでTR信号化し、その振幅及び位相をロックインアンプで測定した [5]。

図2 2500℃で焼成したβ-Si3N4焼結体のエッチング面。矢印で示したβ-Si3N4粒子に加熱ビームを照射して熱伝導率を測定した。
図3に加熱ビームの変調周波数を300kHzとした時,β-Si3N4粒子上で観察されたプローブビームのTR信号の位相変化の等高線を示す[7]。図中の等位相線の中心がプローブビームの位置に相当する。本実験では、加熱ビームの変調周波数を300kHz以外にも変化させたが、いずれも図3に示すようなTR信号の等位相線上に異方性が見られ、これはβ-Si3N4が本質的に熱異方性を持つことを示している。
図4は図3の結果を整理したもので、加熱-プローブビーム間距離と検出したTR信号の振幅及び位相の変化を示す[7]。図4のTR信号の振幅及び位相変化から熱拡散率を計算する[8]と、c軸方向で0.84cm2/s、a軸方向で0.32cm2/sであり、対応する熱伝導率はc軸方向で180W/m℃、a軸方向で69W/m℃であった[7]。
β-Si3N4単結晶粒子のc軸方向の熱伝導率はこれまで報告されているβ-Si3N4焼結体の熱伝導率に比べて非常に高く、高熱伝導率材料のSi及びGaNの理論熱伝導率よりも高い。これは、β-Si3N4単結晶粒子は焼結体に比べて点欠陥、線欠陥といった粒内欠陥、さらには粒界相といった熱伝導率低下の原因となる因子が少ないことに起因していると考えられる。また、β-Si3N4単結晶粒子の熱伝導異方性が確認され、c軸方向はa軸方向に比べて熱伝導率は約3倍高い値を示した。これまでテープ成形やホットプレスしたβ-Si3N4焼結体の熱伝導異方性、さらにはアスペクト比が大きい針状β-Si3N4粒子で構成された焼結体の高熱伝導性については明らかにされていなかったが、これらのことはβ-Si3N4単結晶粒子が持つ異方熱伝導性から説明できると考えられる[9]。
図4 β-Si3N4粒子における加熱‐プローブビーム間距離とTR信号の振幅(a)及び位相(b)との関係。加熱レーザービームの変調周波数:300kHz。
本研究では、β-Si3N4焼結体内の粒子の熱伝導挙動を光熱反射率顕微鏡によって観察し、β-Si3N4単結晶の熱伝導率とその異方性を明らかにした。今後本装置を使い、他の焼結体においても構成する粒子の熱伝導性を明らかにすることにより、焼結体及び粒子の熱伝導率の関連性の解明、さらには新規高熱伝導性セラミックスの研究開発に生かされると思われる。
参考文献
謝辞 本研究を進める上で、ピエール・マリー キュリー大学のD.Fournier教授に、また本解説をまとめる上で産業技術総合研究所の飯田康夫氏、鳥山素弘氏、神崎修三氏に御協力を頂きました。ここに感謝の意を表します。
日本セラミックス協会 セラミックス誌 2000年2月号 "新材料・新技術"から抜粋