産業技術総合研究所における地質調査
2-4-1-2.噴火推移および活動推移に関する火山地質調査

 (1)はじめに 
 岩手山は、過去数十万年の噴火の歴史を持ち、その間溶岩の流出や周辺地域に降下火山灰や火砕サージをもたらすような爆発的な噴火活動など、多様な噴火様 式を発生してきた。また、火山灰や溶岩が重なり合うことで形成された火山体は、山体の大部分が一挙に崩れ落ちる山体崩壊を度々発生してきた。火山活動に呼 応した防災対応を検討する際には、このような過去の活動履歴から、災害を引き起こす可能性のある噴火様式を抽出し、活動の推移について整理しておく必要が ある。そこでトレンチ調査や地表調査、古文書調査などの手法を用いて、過去の噴火活動の歴史や災害をもたらす噴火様式・活動推移の解明を目的とした調査研 究を行ってきた。また、これらの調査研究と同時に、岩手山の噴火シナリオ・フローチャート(図1)をとりまとめた。
 噴火シナリオ・フローチャートは、過去の活動を基に将来発生しうる活動様式及びその推移をまとめたもので、噴火活動が開始した際の今後の展開を予想し、 そ れに対する備えを検討する上で重要な基礎データとなるものである。なお、このフローチャートは種々の調査結果を取り入れながら随時更新されるもので、図1 として示したものは1998年以降の地質調査結果を盛り込んで加筆・修正されたものである。
 産総研では、この噴火シナリオを1998年3月の地震活動活発化の直後に取りまとめ、その解説文を1998年5月16日の岩手ネットワークシステム「地 盤と防災研究会」に持込資料として提供した、また、噴火シナリオ・フローチャートとして図示したものは、1998年7月2日の岩手山の火山対策関係省庁連 絡会などで報告したほか、観測・調査の協力依頼のために現地に赴いた担当者が地元自治体に資料として提供した。

図1 岩手火山 噴火シナリオ・フローチャート。
岩手火山においてこれまでに発生した噴火活動様式、噴火推移をまとめたもの(伊藤、2002を一部修正)
 
(2)水蒸気爆発発生履歴の調査・研究
 水蒸気爆発は一般に比較的小規模な噴火活動を起こすことが多く、噴出 物の分布範囲も狭いが、噴出源近傍では噴石の落下や火砕サージ等により噴火災害を与え得る危険性を内包している。また、1990-95年の雲仙普賢岳にお ける噴火活動では、本格的なマグマ噴火の前駆現象として水蒸気爆発が発生し、水蒸気噴出物の構成物を詳しく調べることで噴火に関連したマグマの挙動を予測 する情報を入手することができた(渡辺・他、1992など)。この様なことから、過去に発生した水蒸気爆発の発生履歴や噴火過程に関する情報は、将来の噴 火推移を予測する上で重要な判断材料の一つになると考えられる。産総研では日本各地の地熱活動の活発な火山を対象として噴火履歴調査を行っており、 1998年の地震活動が活発化する以前から、岩手山西部の大地獄谷を中心とする地域で、岩手火山及びその西部の水蒸気爆発の発生頻度やその規模、噴火推移 を明らかにする為の調査研究を行った。
 調査の結果、有史時代においても14-15世紀中葉に従来知られていた水蒸気爆発の発生事例が確認され、この噴火活動では大地獄谷の水蒸気爆発に引き続 いて、東岩手-薬師岳火山においてマグマ噴火が発生していたことが明らかとなった(伊藤、1999a)。また、約3。7千年前から1千年間は比較的高い頻 度で、山麓部にまで降灰が達するような比較的規模の大きな水蒸気爆発が繰り返し発生し、これにより東岩手火山の山麓部で土石流が引き起こされていたことが 明らかとなった(伊藤、2002:図2)。これらの調査結果は、1998年7月14日の火山噴火予知連絡会拡大幹事会、同年10月13日の第79回火山噴 火予知連絡会(伊藤、1998a、 1999b)などにおいて報告を行った。



図2 岩手火山における約3。7千年前から1千年間の水蒸気爆発噴出物 の分布。
3。7千年前に西岩手(大地獄谷付近)において最大規模の水蒸気爆発が発生し、降灰は岩手山東麓部にまで達し、これにより火山泥流が発生している(伊藤、 2002)


(3)トレンチ調査による噴火履歴調査
 岩手火山の特徴は、火山体の成長と大崩壊を何度も繰り返してきたこと で、火山体の大崩壊は過去20万年間におよそ7回起こり、最近のものは約7千年前に発生している。また最近の噴火活動は主に東岩手火山で発生しており、有 史時代に限っても、少なくとも2回の山頂噴火(10-17世紀と1686年の活動)と1回の山腹噴火(1732年の活動)が起こった。この内、10-17 世紀に発生した噴火活動では、火山体の崩壊により一本木原岩屑なだれが東部山麓に堆積したと考えられていた(土井、1991)。しかし、この活動について 正確な活動年代や、噴火活動から山体崩壊に至る一連の火山活動の推移の詳細は明確ではなかった。成層火山体表層部の崩壊現象は、形成年代が若く急峻な地形 を示す岩手火山のような成層火山では比較的頻繁に発生する現象と考えられる。従って、この10-17世紀に発生した噴火イベントを精密に解析しておくこと は、岩手山の噴火シナリオを検討するにあたって、重要な情報を提供することができると考えられた。そこでみの噴火活動の経緯を明確にすることを目的とし て、岩手火山においては初めてのトレンチ調査(人工的に深さ数mの溝を掘り。その断面に露出した地層を観察・調査する研究手法)を実施した。
 トレンチ調査は陸上自衛隊岩手駐屯地の協力を得て、一本木原岩屑なだれ堆積物が分布する岩手山演習場内に、深さ約3〜5m×長さ約5m×幅3-5mのト レンチを3箇所掘削し、その断面に露出する堆積物を観察した(図3)。
 調査の結果、10-17世紀の活動年代は、14-15世紀中期に特定されるた。また、活動の推移は、長期間におよぶ小規模なマグマ噴火により植生が失わ れた急峻な成層火山体の上に、さらにルーズな降下スコリアが堆積したことにより不安定感の増した成層火山体斜面が表層崩れを起こし、崩壊物が流れ下るにつ れて流走域の地表部の土壌・火山灰層を巻き込みながら流れ下ったと考えられた(伊藤ほか、1999c)。この噴火イベントの活動経過のまとめを図4に示 す。現在の薬師岳は最高標高2038mに達する優麗な山体を形成している。このような成層火山においては山体表層部の崩壊は山麓周辺域に対する重大な災害 要因となりうる可能性がある。この調査結果は、1998年10月13日の第79回火山噴火予知連絡会において報告を行った。


図3 トレンチ調査の現地写真 (1998年8月8日撮影)


図4 14-15世紀中期、噴火活動から成層火山の表層部の崩壊にいた る火山活動の推移。

(4)山麓および山頂部における噴火活動履歴調査・研究
 岩手火山の噴火活動史を検討するために、山麓部および山体の地質調査 を行った。1998年以降の調査結果を基にした岩手火山の形成史については「岩手火山地質図」として産総研より2005年に出版予定である。我々の調査に よって明らかとなった、岩手山の噴火推移を考える上で重要な事項のいくつかを、以下に紹介する。
 a)  7千年前の山体崩壊の後に発生した小規模マグマ噴火
 岩手火山では20万年間に少なくとも6回の大規模な山体崩壊が発生したが(土井1991)、いずれも山体崩壊とマグマ活動との関連については明確ではな かった。我々の調査の結果、約7千年前に大規模な山体崩壊(平笠岩屑なだれ)を直接覆う火砕サージ堆積物が発見された。また、その構成物の中から新鮮なマ グマの破片と思われる火山ガラスが見いだされ、山体崩壊の直後に新たなマグマが関与する噴火活動が発生したことが明らかとなった。このことは、約7千年前 の山体崩壊に、新たなマグマが関係している可能性をあることを示唆していると考えられる(伊藤、1999d)。この研究成果については、1999年2月2 日の第80回火山噴火予知連絡会において報告を行った。

 b) 薬師岳火口丘形成期の噴火活動史
 約7千年以降現在まで継続している薬師岳の爆発的な噴火活動は、間に約1千年程度の噴火休止期間を挟んで、4回繰り返すことが知られていた(土井、 1999)。山麓の火山灰層層序と山体構成物を対比する調査研究の結果、約3。7千年前から1。8千年まで続く活動期間は、薬師岳火口山頂部において比較 的小規模であるが多様な噴火活動が長期間継続したこと、マグマだまりの分化作用が進行し、末期には極小規模ながら珪長質組成を持つマグマの噴出に至ったこ と(伊藤、1999e)、その後新たな未分化マグマが噴火に関与する14世紀まで噴火活動が休止したことが明らかとなった(伊藤、2002)。岩手火山薬 師岳において、小規模ながら珪長質マグマの噴火事例が存在することは、1999年5月25日の第81回火山噴火予知連絡会において報告を行った。


図5 薬師岳第3活動期(約3。7千年前〜2千年前)の火山活動の推 移。
東岩手火山でマグマ噴火、西岩手火山で水蒸気爆発が繰り返し発生した。図中kaは千年前の略を示す(伊藤、2002)

(5)古記録を用いた噴火活動篠研究
 歴史時代の噴火活動については、当時の活動の様子が個人の日記あるい は行政府の記録として残され、堆積物としては残されない噴火活動の様子を知る上で重要な情報を提示する。そこで、岩手山の噴火活動を記述している古記録を 収集・整理し、記述内容の信憑性を吟味した上で、古記録を基ずく噴火活動の推移をまとめ、 1998年の地震活動の活発化直後から、火山噴火予知連絡会などに資料を提供した(伊藤、1998b)。古記録に基づく噴火活動史の詳細は伊藤 (1998c)に記されている。


(謝辞)
 地質調査特に岩手山演習場内のトレンチ調査においては、陸上自衛隊岩手駐屯地、岩手大学工学部斎藤徳美教授、越谷 信助教授、岩手県総務課総合防災室の 土井宣夫氏に、登山規制中の調査においては気象庁盛岡測候所、岩手県総務課総合防災室に、古記録の調査においては岩手大学教育学部(当時)細井 計教授、 盛岡市中央公民館高橋清明氏にご協力頂いた。記して感謝申し上げます。

(引用文献)
 土井宣夫(1991)岩手火山山麓の岩屑なだれ堆積物群.火山,4,483-484.
 土井宣夫(1999):岩手山の縄文時代以降の噴火史.月刊地球,21,257-263.
 伊藤順一(1998a)西岩手火山−鬼ケ城カルデラ内−に分布する水蒸気爆発噴出物の14C年代.火山噴火予知連会報,71,30-21.
 伊藤順一(1998c)岩手火山における有史時代の噴火活動.火山噴火予知連会報,71,16-19.
 伊藤順一(1998b)文献史料に基づく、岩手火山における江戸時代の噴火活動史.火山 vol.43,467-481.
 伊藤順一(1999a)西岩手火山において有史時代に発生した水蒸気爆発の噴火過程とその年代.火山 vol.44,261-266.
 伊藤順一(1999b)15〜17世紀に西岩手火山で発生した水蒸気爆発.火山噴火予知連会報,72,33-36.
 伊藤順一・川辺禎久・宝田晋治(1999c)岩手火山東麓部の地表調査とトレンチ調査に基づく東岩手火山における過去約6千年以降の噴火活動史.火山噴 火予知連会報,72, 37-39
 伊藤順一(1999d)岩手火山において約6000年前の山体崩壊直後に発生した噴火活動−平笠岩屑なだれ堆積物を覆う火山噴出物.火山噴火予知連会 報,73,30-32.
 伊藤順一(1999e)東岩手火山山頂域で確認された約1。8ka火山灰-珪長質火山灰の噴出とそれに引き続くスコリア噴火-.火山噴火予知連会報, 74,19-21.
 伊藤順一(2002)岩手火山における3.7-1.8kaの噴火活動史-山頂火口丘を形成した噴火ステージの活動史-.月刊地球「活動的火山」号外 No.39,29-37.
 渡辺一徳・星住英夫・池辺伸一郎(1992)雲仙普賢岳1990年11月-1991年5月の噴火活動−噴火開始から溶岩出現まで−.熊本大教育学部紀 要,自然科学,No.41,p.47-60.