。.岩手火山についての江戸時代の噴火記録

 本論では,すでに多数の文献(桜井,1903;小原,1920;武者,1941;福田,1974;村井,1974;村山,1978;盛岡地方気象台,1979;細井・他,1993など)に活字化・引用されている噴火記事を検討対象とした.引用された噴火記事については,可能な限り原本および歴史学者が活字化・校閲した史料集や編纂物にあたり,その記述内容を確認した.

 噴火記事の信憑性を吟味する上で,以下の点に注意を払った.a)噴火記事が掲載されている古記録の解題(文書の由来・著者・成立時期)を調査し,古記録が一次史料及びそれに類した史料(原著物・あるいはその写し)であるのか,それとも事件の後に編纂された二次史料であるのかを明確にするとともに,その古記録に対する歴史学者の評価を参考にした.b)噴火記事を丁寧に読むことで,記述が著者自身の実体験や観察事実に基づくものか否かを判断し,著者の実体験に基づかない記録の場合は,その原典が公的な記録(実見報告書,あるいは行政上の書類)に基づくものか,それとも出所不明の伝聞の記載かを明確にした.

 岩手火山に関する噴火記事の中には,前述の文献に活字化・引用された後,歴史学者らの評価を得る前に所在が不明となったものもある.これらについては,記事の内容(噴火の記載だけでなく,人物名や地名など)を類書と比較・検討した.特に,行政官(代官や奉行)の氏名が明記されている場合,これを盛岡藩の公的な記録である『盛岡藩雑書』1)に残されている人事移動の記録と照らし合わせることで,噴火記事に記載された年号を確認した.『盛岡藩雑書』は寛永二十一(正保元年に改元;1644)年から天保十一(1840)年までの197年間を網羅するが一部(本論に関係する箇所では,貞享三年の巻)が欠落している.

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