作成: 産業技術総合研究所 池原
最終更新 2008/11/25 (「直交異方性」の記述などを修正)
半導体MEMSデバイスの主要な材料であるシリコンは、結晶材料であり、ヤング率・ポアッソン比に特異な異方性を持っています。 その効果をFEM (ANSYS) でどのように扱えばよいのか、簡単に紹介します。 また、このような異方性は通常無視され、等方性パラメータが使われますが、誤差が大きくなる例を紹介します。
なお、材料異方性の取扱いをまじめに勉強したい方は大阪大学基礎工学部平尾研究室の解説などを見てください。
シリコン単結晶は結晶材料であり、特異な異方性を持っている。結晶材料の歪、応力はテンソルとして扱う必要があり、弾性は一般に 6×6 の要素を持つスティフネス行列 cij またはコンプライアンス行列 sij で表される。 パラメータは形式上36個であるが、行列の対称性から cij = cji となり、独立なパラメータは21個となる。 最も簡単な等方性材料の場合は、21個のパラメータは2つにまで減らすことができ、通常、ヤング率 E とポアッソン比νの2つのパラメータが使われる。 また、有限要素計算ソフトなどではxyz方向で異方性を持つ材料の場合は、Ex, Ey, Ez, νzx, νxy, νyz の6パラメータが使われることが多い。 これよりも少し一般化した異方性として9個の弾性定数を持つ「直交異方性(orthotropic)」がある。 有限要素計算ソフトなどでは、Ex, Ey, Ez, νzx, νxy, νyz, Gzx, Gxy, Gyz の9パラメータで直交異方性を扱えるものがある。 多くの繊維強化材料や対称性の高い結晶材料などの弾性は、直交異方性で取り扱うことができる。
※ 「直交異方性」の説明を間違えておりました。今の説明で正しいはずです。すみません。(08/11/25)
結晶構造がcubicであるシリコン単結晶も直交異方性で取り扱うことができる例となる。結晶軸が直交していて3軸が等価なcubicは何となく等方性でもよいようにも感じられるが、実際には直交異方性の取扱が必要になる。しかし、結晶の対称性は高いため独立なパラメータは3個にまで減る。
直交座標系を結晶軸に取ると、そのコンプライアンス行列 sij はこのようになる。スティッフネス行列 cij も全く同様な形になる。
また、 cij と sij との間には![]()
という関係がある[1]。 パラメータ c11, c12 および c44 はこの表のように、すでに測定されている[2]。(いろいろな文献によって2〜3桁目が少し違う。)![]()
このような材料では、弾性定数は強い異方性を持つ。 テンソルの座標変換[1]を行うと、方向余弦(l,m,n)である任意の方向に対するヤング率は、※ 元論文[2]に当たったところ、c44の値が引用先で誤植されていましたので訂正します。79.59→79.57なのでほとんど影響はありません。
測定値 (GPa, at 25℃) 温度係数 (/℃) c11 167.40 -75.3E-6 c12 65.23 -24.5E-6 c44 79.57 -55.5E-6
方向余弦(l1,m1,n1), (l2,m2,n2)の二つの直交方向に対するポアッソン比は、![]()
となる。ここで sc = s11 - s12 - s44/2 である。[3]![]()
代表的な結晶軸方向に対して計算した値を表に示す。
結晶方向 E (GPa) ν(001)面内 <100> 130.8 0.280 <110> 169.7 0.066 <111> 188.4 -
他の結晶構造を持つ材料の弾性異方性については、結晶の対称性によってパラメータの個数などが変わってくる。 そのあたりのことをまとめて解説した本は、探したが見つからなかった。日本語か英語でいい解説書があったら教えていただきたい。 一例として、SiCなどhexagonalについては独立な弾性パラメータは5個になる。J. M. Zhangの論文[4]が詳しい。その他の結晶についても、論文を探せば見つかるはず。
参考文献
有限要素法(FEM)では結局のところ3次元弾性テンソルの計算を行っているので、たいていはスティッフネス行列かコンプライアンス行列の21パラメータを直接指定できる方法が用意されているはずである。 あるいは、E, ν, Gの組み合わせで直交異方性が扱えるようになっている場合もある。
ANSYSを例に示す。ANSYSの古いバージョン(5.1あたりから)では3次元brick要素のみ、弾性定数を直接与えることができる異方性要素SOLID64が用意されていた。 この要素は、弾性パラメータの与え方が違う以外は、通常のSOLID45と同様な使い方が可能であった。
最近のバージョンでは一般異方性の使用できる要素が増えていき、手元にある最新バージョン(11.0)では、一般異方性の使える構造体要素として、
解析で注意する点としては、次のようなことがある。
弾性パラメータは、使用するmaterialパラメータのデータテーブルANELに設定する。TBコマンドでデータテーブルを定義し、TBDATAコマンドで4回に分けてデータを21個設定する。同じmaterial番号には、ヤング率やポアッソン比を設定しない。
SOLID64の場合は、keyopt(4)の設定で、パラメータの指定にスティフネス行列 cij (Inverted matrix)を使うか、コンプライアンス行列 sij (Non-inverted matrix)を使うか選択する。SOLID185などの最近の要素の場合は、TBコマンドの第5引数(TBOPT)の設定でスティフネス行列 cij (Elasticity matrix used as supplied)を使うか、コンプライアンス行列 sij (Elasticity matrix inverted before use)を使うか選択する。
結晶方向と要素座標系が対応することになるため、座標系の設定が重要になる。 要素座標系のもとで異方性の計算を行うため、エレメント生成時には、要素座標系をあらかじめ設定しておく必要がある。デフォルトでは、要素作成時のカレント座標系が要素座標系になってしまうため、異方性を伴う計算では必ず要素座標系を指定すべきである。
結晶方向に対していろいろな方向のモデルを作成する場合、モデル自体を回転させてもよいが、要素座標系のみを回転させても同じ効果が簡単に得られる。
計算結果を出力する場合の座標系は、rsysコマンドで設定する。当然のことだが、座標系の取り方で、応力や変位の成分は変化する。一方で、主応力は座標系の取り方には依存しない。
ANSYS5.1で行った計算例のコマンドリストを示す。 一部、ANSYS11.0の場合のコマンドを挿入してあるので、注釈をチェックしていただきたい。 コマンドのわからない方は、コマンドマニュアルと首っ引きでメニューを探してください。
/PREP7 :Ver.5でSOLID64の場合 (エレメントtype=1にSOLID64を設定) ET,1,SOLID64 KEYOPT,1,4,0 :Ver.11でPLANE182の場合 (エレメントtype=1にPLANE182を設定) ET,1,PLANE182 :Ver.5でSOLID64の場合 (material=1のデータテーブルにSi単結晶を設定) :kgf,mm座標系を使用の例 c11=17069 c12=6651 c44=8116 TB,ANEL,1, , ,0 tbdata,1,c11,c12,c12,0,0,0 tbdata,,c11,c12,0,0,0,c11 tbdata,,0,0,0,c44,0,0 tbdata,,c44,0,c44 :Ver.11でPLANE182の場合 (2次元の場合このようになります) :MKS単位系を使用の例 c11=167.40e9 c12=65.23e9 c44=79.57e9 TB,ANEL,1, , ,0 tbdata,1,c11,c12,c12,0,0,0 tbdata,,c11,c12,0,0,0,c11 tbdata,,0,0,0,c44,0,0 tbdata,,0,0,0 :局所座標系の設定 /com,local,kcn,kcs(0:cart),0,0,0,thxy,thyz,thzx /com,direction_<100> local,11,0,0,0,0,0,0,0 /com,direction_<110> local,12,0,0,0,0,45,0,0 /com,direction_<111> local,13,0,0,0,0,45,0,-35.26439 csys,11 :ソリッドモデルの作成(この例では3Dの構造をローカル座標系11の下で作成) k,,0,-5,-5 k,,0,-5,5 k,,0,5,5 k,,0,5,-5 k,,100,-5,-5 k,,100,-5,5 k,,100,5,5 k,,100,5,-5 v,1,2,3,4,5,6,7,8 vplo :エレメント生成(この例では3Dの構造をローカル座標系13の結晶方向で要素分割) ESHAPE,2,0 ESIZE,2.5,0, TYPE,1, MAT,1, ESYS,13, VMESH, 1 FINISH :あとは拘束条件を与えてソリューションを求めるだけです。
論文の解析例を見ていても、異方性を正しく取り入れたことを明記してあるものは少ない。 多くの設計者は適当な等方性パラメータを設定して、計算を行っているものと推測される。 実際に、梁構造であれば梁の長手方向のヤング率、ダイアフラム構造であれば面内ヤング率の平均値を使うと、異方性を正しく考慮したものとほとんど変わらない結果が得られる。 また、実際のデバイスになったときには製造誤差などがあるため、最後はフィッティングパラメータの登場となり、設計時の解析での多少の違いは問題にならない場合が多い。
しかし、計算結果が大きく変わってしまう場合もないわけではない。 問題が表面化しやすいのは、ピエゾ抵抗ゲージを作った場合のような、特定の応力成分を観測する場合である[1]。 例えば、(001)面内に辺が<110>方向を向いた四角形のダイアフラムを作製し、ダイアフラムエッジにせん断型ピエゾ抵抗ゲージを置く。 このときのゲージ抵抗変化は
となる。ここでkはゲージ形状係数、π44はピエゾ抵抗係数である。 座標方向はxがradial方向、yがダイアフラム円周方向とした。結晶軸とは45度回転した座標系を取っているため、x, y軸は<110>と等価な方向となっている。![]()
ダイアフラムがたわむと、x方向の応力σxが大きくなり、ゲージは出力を生じる。 等方性パラメータで計算すると、σxの増加に対応して、直角方向のσyもポアッソン比分増大し、感度はいくぶんキャンセルされてしまう。 しかしながら、ずっと上に示したように、(001)面内で<110>方向のポアッソン比は0.07程度と特異的に小さくなっている。 そのため、実際の結晶異方性の下では、σyはほとんど増加しない。従って、ピエゾ抵抗素子の出力感度は、等方性で計算した結果よりかなり大きくなる。 その違いは、およそ30%程度であった。
ここでは1ゲージを配置したせん断型ゲージの例を示したが、同じことは(100)面に配置した通常の4ゲージセンサの場合にも起こる。 いずれにしても、特定の結晶方向の応力成分を見るような場合、異方性を正確に取り入れた計算を行わないと、誤った計算結果を出してしまう恐れがある。
また、別な例としては、構造体に狭角のノッチを付けて曲げ応力を与えたような場合も、ノッチの結晶方向に対する配置角度で応力分布が大きく異なる結果となり、材料試験などの際には問題となる[2]。 シリコンMEMSの設計にあたっては、常に対象が結晶材料という特殊な系であることを念頭において、解析を行う必要がある。
参考文献
ここに書かれていることを含めて (異方性についてはあまり書いていませんが)、教科書的な本を執筆しました。安い本ですので、よろしければご一読ください。詳細はこちら。
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