雄山山頂カルデラ成長プロセス

三宅島2000年噴火の特徴のひとつは,山頂に巨大な陥没火口(カルデラ)が出現したことです.玄武岩質火山にはしばしばこのような陥没構造が発達していることが知られていますが,その形成過程がきちんと観察された例は,おそらく今回の三宅島2000年噴火が世界でもはじめての例であります.ここでは,大学合同観測班ほかの観察を総合して,陥没カルデラの形成過程をまとめてみました.


7月8日夕方の初めての山頂噴火と陥没カルデラの出現

三宅島の火山活動は,2000年6月26日18時過ぎからの地震活動の活発化で幕開けした.26日以降の地震活動,地殻変動のデータは,マグマが三宅島から北西海域に向かって貫入・流出したことを示している.
マグマの流出の開始(6/26)から12日後の7月8日18時40分すぎ,三宅島山頂から短時間(おそらく10分以内)の噴火が発生し,10万トン程度の火山灰が放出されたほか,噴火地点付近の半径1km以内の領域に噴石が飛散した.
翌朝,山頂部に直径約1km,深さ200mにわたって陥没しているのが確認された.


7月-8月にかけての陥没カルデラの拡大

7月9日以降,8月中旬までのおよそ40日間にわたって陥没カルデラは拡大を続け,直径1.7km,深さ450m,体積6億m3にまで成長した.この間,7月14-15日と8月10日以降にカルデラ内からの噴火が発生したが,基本的には噴火を伴わずにカルデラが拡大した.2000年噴火の総噴出量は,陥没カルデラの体積の2%にも満たない.また,噴出物の大部分は陥没カルデラの拡大がほぼ終了した後に発生した8月18日噴火のものであり,陥没が噴火によって駆動されたものでないことを示している.
カルデラ拡大期間中,三宅島ー神津島間での活発な地震活動と,三宅島の収縮が継続していた.これは,三宅島北西海域へのマグマの移動が続いていたことを示している.三宅島ー神津島間へのマグマの流出にともなう質量欠損が三宅島山頂の陥没を引き起こしたと考えられている.
カルデラ床中央部の沈降と,それに励起されたカルデラ壁の崩壊・後退によってカルデラは拡大した.カルデラ拡大初期(7/8-7/12ごろまで)は,主にカルデラ床の沈降によって深さ方向に拡大し,それ以降は深さはほぼ一定に保たれたまま,カルデラ壁が崩壊することによってカルデラが拡大した.カルデラの体積増加は,カルデラ拡大期間を通してほぼ一定であった.





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